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調査兵団は巨大樹の森西方向で陣形を再展開。残った兵士の数は今朝の半分以下となっていた。


各班の状況の確認中と、重傷の兵士達の応急処置の為に、調査兵団は途中補給拠点へと立ち寄る。



ジャンは地面の上に胡座をかいて空を見上げる。
こんなに晴れ渡っている空の下、心はどんよりと雲に覆われている。


初めての壁外調査でこんな気持ちを味わうことになるとは思わなかった。ジャンには目立った怪我はないが、頭に包帯を巻いているアルミンを見て、薄い唇を噛み締める。


ジャンは、アルミンとライナーと3人で、女型の巨人と対峙した。あの時、自分が今何をすべきがが解ったジャンは、3人の命を懸けて撤退までの時間を稼ごうとしたのだ。少しでも長く注意を引き付けて、陣形が撤退できるように尽くせと。少しでも長くここに留める、もし足の腱を削いだのなら十分以上だと。自分の命だけではなく、二人の仲間の命も懸けて、そう指示した。


正直、今にもチビりそうなくらい恐かった。


ただ、ジャンはもう誰のものとも解らない骨の燃え粕に、がっかりされたくなかったのだ。



その後女型は3人に関心を示すことなく方向転換し去っていった為、奇跡的に助かったのだが、今日ほど正面から自分の死を受け入れた日はない。



(俺は今…生きてるよな?)



深呼吸をして手で額を覆い、自分と同じように混沌とした感情を抱えているであろう兵士達に視線を巡らす。



その中に、一際小さく華奢な背中を見つけて、ジャンは目を見開く。あのミルクティー色のお団子頭は。



『一週間後の壁外調査…初めてで恐いだろうけど、みんな、一緒に居るから…。

エルヴィン団長も、リヴァイ兵長も。


だから…頑張ろうね』




……シャオさんだ。

彼女も生きていたのだ。




ーーーー良かった…。




安堵し脱力感を覚える体を無理矢理起こし、ジャンは早足で地面に蹲っている彼女に近付いていく。



「…シャオさん」



知り合って間もないこともあり、控え目に名を呼ぶと、シャオの体はびくりと跳ねた。しかしそれだけで、ジャンの声は確かに届いている筈なのに、彼女はこちらを振り返ろうともしない。

らしくない反応に首を傾げ、ジャンは彼女の正面に回る。



「無事で何よりです。今回は大変でしたね、俺の考えが甘かったのかもしれねぇけど…」



苦笑しつつその場にしゃがみ込み、ジャンはシャオと視線を合わせようとする。シャオは困ったように、それでも此方を見上げてくれた。
大きな目は相変わらず愛らしい。



「正直小便チビるかと思いました。はは…カッコ悪いっすよね、俺」



偉そうにアルミンとライナーに指示を出した自分が一番、迫り来る死への恐怖と闘っていたのかもしれない。
頭をぽりぽり掻きながら、ジャンは何とか彼女を笑顔にさせようと話し続ける。花のように笑うシャオの顔が見たい。ジャンは今その一心だった。



しかし、様子がおかしい。




「…シャオさん?」




ジャンが何を言っても、シャオは言葉を返してくれないのだ。

時折困ったように笑ったり頷いたりはしてくれるので、話は聞いてくれているのだが、その小さな唇から、あの鈴を転がすような声が発されることはない。


彼女の笑顔もその声も、好きなのに。



「何か、言ってくれよ」



思わず敬語を忘れて顔を覗き込むと、シャオは右手で口元を覆って、突然咳き込んだ。



「こほっ、…けほっ、はっ…」



「お、おい!大丈夫か?」



咄嗟にその身に寄り添い背中を擦ってやると、シャオはコクコクと頷きながらもまた乾いた咳を放つ。


その咳が普通の咳とは違うことに、ジャンは気付く。なぜか彼女は故意に咳をしているようにも思えて、背中を擦る手を止める。



「…なぁ、シャオさん」



嫌な予感に、ジャンは近くに転がっていた小石を手渡し、彼女に手渡す。



「ここに、書いてみ?」



そして地面を指差した。




手渡された小石を震える手で握りしめ、シャオはゆっくり地面に文字を記していく。その丸い筆跡を辿り、内容を理解した瞬間、ジャンは息を呑んだ。




“声が出ない”





簡潔に自身の異常を伝えたシャオを見下ろし、ジャンは無理矢理笑顔を作り、彼女の肩にポンと手を置く。



「今、医療班の人に言ってくるから。大丈夫だから」



何が大丈夫なんだよ俺、と無責任な自分の発言に呆れるが、ジャンはすぐに立ち上がり、医療班に所属する兵士を捜す。彼の優しさが身に沁みて、シャオは膝を抱えて俯いた。




医療班は怪我をした兵士達の手当てに忙しくしており、中々手が空きそうにない。その中で、部下と書類を見ながら何やら話し込んでいるハンジ分隊長の姿を発見し、ジャンは思わず声をかける。



「ハンジ分隊長!」



知識人として有名な彼女は医学にも手を出している筈。きっちりと敬礼をするジャンを見て、ハンジは何事かと視線を向けた。



「お仕事の邪魔をしてすみません」



「ああ、敬礼はいいから。何事?」



「その、あちらの兵士が…」



そう言ってジャンが返した手を使い示すのは、ハンジもよく知る人物であった。



「シャオがどうかした?」



「…シャオさんがどうやら、声を出せないようで…」



「声を出せない…?




…失声症?」



知らない病名をするりと出し、怪訝な表情を浮かべたままハンジは無言ですぐにシャオに近寄っていく。

困った顔で喉をおさえ、ゼェゼェと呼吸を続けているシャオを見て、声を出そうと躍起になっているのがすぐにわかる。




「シャオ。それ以上は喉を痛めるからやめて」




はっきりと指示をするハンジの声を聞き、シャオはすがるように頭を上げる。この世の終わりとでも言いたげな彼女の顔を見て、ハンジは宥めるようにいつもの調子で言ってやる。



「そんなことしてちゃ喉に炎症を起こして別の理由で声出せなくなるからねー、とりあえず落ち着いて。一時的なものだから深く考えないこと!」



恐らく心因性のものだ。強いストレスやショックを受けて発症する病気。今回の調査で調査兵団は多くの犠牲者を出した。それはリヴァイ班も例外ではない。特別作戦班7名のうち、生存者は3名。4名の遺体は確認済みだと、先程リヴァイがエルヴィンに報告しているのを聞いた。


ハンジは、女型からエレンを奪還した時の報告を続けているリヴァイの背を、沈痛な面持ちで眺めた。

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