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新兵の演習が終わった後、索敵の全体演習が行われた。大規模だったが演習は滞りなく進み、まだ陽が高いうちに終了した。
無事に終わったことに安堵し笑顔を見せるエレンに、シャオは労いの言葉をかける。
「お疲れさま。お城に帰ろっか」
「はい!…あ、シャオさん」
ぞろぞろと兵舎に戻っていく兵士達を目で追っているのか、エレンはつま先立ちで首を左右に動かしている。誰かを捜しているようだ。
「ちょっと同期と話してきていいですか?」
「勿論!ちょっと待って、私も行く」
新兵のみでの演習の際、104期の仲間とは軽く挨拶をしただけだった。それ以上は上官の目もありゆっくり話せなかったのである。
久しぶりに会った仲間達は変わらずエレンを受け入れてくれた。ミカサは相変わらず過保護で、エレンが実験体にされていないか確認させろとまで言ってきた。アルミンも、昔と同じような優しい笑顔をエレンに向けてくれた。
ただ、一つエレンの心に影を落としたのが、憲兵団を志望していたのにも関わらず何故か調査兵団に入団していたジャンからの報告だった。
マルコは死んだ、と。
ジャンが一言そう言ったところで演習が始まってしまったので、詳しい話はまだ聞けていないのだ。
「俺、一人で大丈夫です!」
「それは絶っ対にダメ。」
「…はい」
苦笑いを浮かべて頷くとシャオは満足したのか、オルオに「皆は先に帰ってて!」と告げ、エレンの後を追ってくる。お団子頭を揺らしてちょこちょこと走ってくる彼女はやはり可愛らしい。
彼女をリヴァイ兵長から奪うなんて到底無理な話だろうけど、こうして二人で居る時間が、今のエレンにとって細やかな幸せだった。
二人は他愛もない話をしながら並んで歩き、エレンの探し人に先に気付いたのはシャオの方だった。
「あ、ミカサだ!」
「おっ」
息を切らしてこちらに駆け寄ってくるミカサの目には今、エレンしか映っていない。そんなに急がなくてもいい、と笑うエレンを見て、ミカサも紅潮した頬を綻ばせている。その後ろからは金髪の美少年、アルミンの姿が。
この二人しか知らないシャオは、二人に続いてぞろぞろとやって来る104期生を興味深く眺める。
黒髪ポニーテールの女の子、坊主頭の小柄な少年、金髪の美少女。体格の良い金髪の青年、背の高い黒髪の男の子…。
そして一際シャオの目を引いたのは、鋭い目付きで此方を凝視している茶髪の少年であった。切れ長の目は失礼ながら悪人面だが、恋人の双眸を彷彿とさせる視線にシャオは微笑みかける。
すると、その少年は驚いたようでポカンと口を開けた。
「おい、ジャン!」
二人の無言のやり取りには気付かずに、エレンはジャンに詰め寄る。名を呼ばれてジャンはハッとし、表情を険しいものに戻すと、体ごとエレンに向き直る。
「さっきのどういうことだよ、マルコが死んだって…」
話を切り出したエレンに、104期の面々は表情を暗くさせる。皆のその反応が、マルコが死亡したのは事実だと認めていた。皆が下を向く中、ジャンはエレンを真っ直ぐに見つめる。
「誰しも劇的に死ねるって訳でもないらしいぜ。あいつは誰も見てない所で人知れず死んだんだ」
どんな最期だったかもわからない。マルコの遺体は何故か立体機動装置が付いていなかった。彼に何かが起きたのは明白だが、目撃者はいない。
友人の死をどうしても受け入れられないエレンは、何も言うことが出来ずにいた。
それに対しジャンは既に、マルコの死を乗り越えていた。誰のものともわからない骨を拾った日に…。
マルコがいつか言ってくれた、『ジャンは今何をすべきかがわかる人だ』という言葉に背を押され、調査兵団になると決めた日に。
「エレン…俺達と人類の命がお前に懸かってる。このために…俺達はマルコのように、エレンが知らないうちに死ぬんだろうな」
「ジャン!今ここでエレンを追い詰めることに一体何の意義があるの?」
「あのなミカサ…」
はあ、と溜め息を吐いて今度はミカサに顔を向ける。ジャンという少年の言葉はきつく辛辣だったが、シャオは一切口出しをせずに、手を後ろに組んだまま黙って耳を傾けている。
「お前巨人になったエレンに殺されかけたんだろ?覚えてねぇのか?」
「………」
ジャンの話は事実だったが、エレンを庇うために言い訳を考えようとしてミカサは口を噤んでしまう。しかし、当の本人があっさりとそれは事実だと肯定した。
「そうだ…巨人になった俺はミカサを殺そうとしたらしい」
「らしいってことは記憶に無いってことだな?」
「ああ…そうだ」
つまりエレンは巨人の力の存在を今まで知らなかったし、それを掌握する術も持ち合わせていない。
予想はしていたものの、この現状にジャンは目を閉じ、深い溜め息を吐いた。
「…ミカサ。誰しもお前みたいに、エレンのために無償で死ねるわけじゃないんだぜ…」
独り言のようにそう呟いてからジャンは、息を詰めてやり取りを見守っている同期の面々に視線を巡らせた。
「知っておくべきだ。エレンも、俺達も…俺達が何のために命を使うのかをな。俺達はエレンに見返りを求めてる。きっちり値踏みさせてくれよ…自分の命に見合うのかどうかをな…」
ジャンの言葉に圧されるかのように、ミカサとアルミン以外の少年少女達は、一斉にエレンに視線を向けた。静かなプレッシャーをかけられ、エレンの顔が強張ったのを隣に立つシャオは察した。
1歩前に踏み出し距離を詰め、ジャンはエレンの肩をがしりと掴んだ。強い力で。
「…だから、エレン…お前、本当に……
頼むぞ…?」
最後は希望に縋るように、ジャンは震える声でエレンに伝えた。死を恐れる気持ちは悪いことでも、隠すことでもないので、彼の素直な感情表現は好感が持てる。
それにこのジャンという少年は敢えてエレンに現実を突き付ける事で、士気を鼓舞しているらしい。
「あ、あぁ…」
気圧されて弱々しく返事をするエレンの背を、シャオは叩いた。
「あっ、」
割と強めに叩かれたのでエレンは動揺し、左下にあるシャオの顔色を窺う。シャオは黙ったまま、エレンと目を合わせない。彼女は口角を上げたまま、じっとジャンを見上げていた。
その大きく澄んだ瞳に射抜かれ、ジャンは怯む。
「つ、つーかエレン…この人誰だよ…?」
戸惑うジャンに、エレンはすぐに「同じ班のシャオ先輩だ」と答える。先程からエレンに対しキツいことを言ったので、もしかして無言で責められているのかとジャンは冷や汗を垂らす。
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