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「巨人を殺す、砲弾を防ぐ、岩を持ち上げる…。いずれの状況も巨人化する前に明確な目的があった」
確かに、過去に三回巨人化した時の状況を思い返せば『〇〇するために』エレンは巨人化している。
トロスト区攻防戦ではミカサを食おうとした巨人を殺すため。その後エレンの力に怯えた駐屯兵団に砲口を向けられた時には、砲弾を防ぐために巨人化した。
トロスト区奪還作戦の際はピクシス司令から命令され、壁の穴を塞ぐために岩を持ち上げた。
「そして今回、あなたはスプーンを拾おうとした!」
不躾にも指を差し、ハンジは断言する。
「恐らく自傷行為だけが引き金になってるわけではなくて、何かしらの目的がないと駄目なのかもね」
「…確かに今回の巨人化は砲弾を防いだ時の状況と似てます。…けど!」
スプーンを拾うために巨人になるなんて…
何なんだこれは?
すっかり治癒した右手を見つめ、驚愕しているエレンに、巨人化実験の後からずっと沈黙を守っていたグンタが、重々しく口を開いた。
「つまり…お前が意図的に許可を破ったわけではないんだな?」
あの時刃こそ向けてはいたものの、グンタはエレンを問い詰めるような真似はしなかった。ただ強い視線だけを向けてエレンを見定めているようだった。その目の中に、エレンを信じたいという素直な感情が垣間見えた気がする。
質問に対しエレンが弱々しく頷くと、グンタはフーッと息を吐く。そして、エレンに刃を向けた自分以外の三人に視線を巡らせる。
三人はグンタの合図を受け、こくりと頷いた。
そして、四人は一斉にーー…
「えっ…!!」
ーーー…自身の指に噛み付いた。
それはエレンが巨人化する際に行う自傷行為と一緒だ。
「いってぇ…!!」
「これはキツいな…」
「ちょっと、何やってんですか!?」
呻き声を上げる四人に、エレンは駆け寄る。自分は巨人化したら傷は治るが、この四人は人間なのだ。くっきり残った歯形が消えるのには時間がかかるだろう。慌てふためくエレンに対し、再びグンタが口を開く。
「俺達が判断を間違えた…そのささやかな代償だ」
「…!!」
先程ハンジを待っている間、グンタを中心に四人は話し合っていたのだ。もしエレンが自分の意思で巨人化したわけではないのなら…自分達は彼の心を傷つける悪鬼だと。彼の潔白が証明されたらそれ相応の償いが必要だと。
「お前を抑えるのが俺達の仕事だ、それ事態は間違ってねぇんだからな!調子乗んなよガキ!」
そう声を荒げるオルオの右手にも、くっきりと歯形が残っている。
「ごめんねエレン…あなたを疑うような真似をして。失望したでしょ?」
ペトラの目には涙が浮かんでいた。同期であり大切な友人でもあるシャオが怪我をして一番取り乱していたのは彼女だ。エレンがシャオの命を危険に晒したのは周知の事実であるし、それにペトラが激昂するのは当然の事なのに。
彼女は泣いていた。
自身の過ちを悔やんで。
「ペトラさん…」
「…っあなたに酷いことを言った、私が、言ったところで、説得力なんかないけどっ」
嗚咽を漏らしながら何とか思いを伝えようとするペトラの健気な姿は、見る者の胸を打つものがあった。現に、あのオルオが貰い泣きをしている。
ヒクヒクと子供のようにしゃくりあげながら、ペトラは涙でぐしゃぐしゃになった顔を構わずエレンに向けた。
いつもより数段幼い顔のペトラは、エレンの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「一人の力じゃ大したことは、できない…だから私達は組織で活動する。
私達は、あなたを頼るし、
あなたは、私達を頼ってほしい。
私達を…信じて」
ー…壁外調査では、班の結束力が生き残る為に重要な一因となる。今回の件で、自分がそれを乱してしまったとペトラは猛省していた。自分がエレンに投げ付けた酷い言葉が、頭の中を絶えず反響する。
許してもらえなくても、嫌われても、…信じてもらえなくても、当然の仕打ちをした。
涙を止めようと俯いて口元をおさえているペトラに、エレンはゆっくりと近付いていく。身長差があるので少し屈んで、エレンはペトラの目を覗き込んで言う。
「ペトラさん、鼻水垂れてますよ」
「………。」
はい、とティッシュを差し出したエレンは、金色の目を細めて笑っていた。それはいつも通り、15歳の少年の幼さの残る笑顔だった。
その光景を見て、シャオとハンジがどっと笑い出す。
「やっぱりエレン、デリカシーがない!それじゃだめ、それモテない!」とハンジが突っ込むと、「デレカシーって何なんですか?テレパシーのことですか?」とエレンはすっとぼけたことを言った。
そしてまた沸き起こる笑い声につられて、
ペトラも頬を真っ赤に染めて笑った。
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