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リヴァイは彼女の隣に膝をつくと、俯せている身体をゆっくりと起こす。肩と膝の下に腕を入れて軽々と抱え、長椅子の上へと運ぶ。


先程のことを思い返す。エレンにミルクを運ぶ彼女の姿をそれとなく眺めていたら、突然稲妻のような光が見えたので、反射的にリヴァイは彼女の腕を引っ張り、自分の後方へ投げ飛ばしたのだった。
あの時見ていなかったら彼女は大火傷を負い、最悪、死に至ったかもしれない。そう思うとゾッとするが、結果的に彼女は助かった訳だし、その件に関してグダグタ言うつもりはなかった。



「お前ら剣を下ろせ。鬱陶しい」



舌打ちと共にそう言えば、四人は何か言いたげな様子だったが、大人しくリヴァイの指示に従った。


リヴァイはシャオの顔を覗き込む。呼吸は安定しているようだ。突然の衝撃で受け身が取れなかったようで、こめかみを擦りむいてしまっている。
ハンジの部下のモブリットが救急箱を運んでくると、リヴァイは慣れた手付きで傷の手当てを始めた。

無言で黙々と作業を続けるリヴァイを皆が気まずい沈黙で見守っていると、彼女の頬の傷口にガーゼを貼り終えた彼は、ぐちゃぐちゃになってしまった彼女の髪をほどく。ほどいた髪を手櫛で梳くリヴァイの優しい手付きを見て、機嫌を戻したペトラは頬を染める。

皆の視線を一身に受ける中、リヴァイはシャオの頬を軽く叩く。ぺちぺち、と音を立てて何度か叩くと、シャオの眉間に皺が寄る。



「う……」



「おい、いつまで寝てやがる。とっとと起きろ」



恋人に向けるには乱暴が過ぎる口調にエルドは唖然とするが、その声を聞いてシャオはゆっくりと目蓋を上げた。高く上がった日光が目に滲みて何度も瞬きを繰り返した後、自分を見下ろすリヴァイの顔に気付いたシャオはその瞳を大きくさせた。



「…おはようございます、兵長」



「おはよう。もう昼過ぎだがな」




幸せそうな笑顔で恋人に"朝の挨拶"をすませたシャオは、体を起こした瞬間、泣きながら抱き付いてきたペトラに驚き、暫くの間ぽかんとしていた。そして呆けた目で周りに立ち尽くしている全員に目をやり、状況を把握しようと頭をフル回転させる。


そして、泣き出す三秒前みたいなエレンの顔を見て、シャオは自分の身に何が起きたかを思い出した。







◆◇◆◇◆◇






空が橙色に染まる頃、リヴァイ班は古城へと戻った。

あんなことがあった後なので口数が少ない面々を見て、全ては自分が怪我をしたからだとシャオもすっかり自責の念にかられている。雰囲気の悪い班員達を見て、行動を起こしたのは意外にもリヴァイだった。

古城に着くとすぐに、リヴァイはエレンを地下室へ行くように促した。他の五人には「ハンジが来るまで待機」とだけ言って、自らもエレンを追って地下室への階段を下りる。

地下へ降り立つと、エレンは部屋には行かず、その場にしゃがみこみ項垂れた。




……限界だった。

心が。




それを察していたのだろう。リヴァイは腕を組み、石の壁に寄り掛かり黙ったままでいる。

結局、自分の味方になってくれたのはこの男。粗野で粗暴で、口も悪い。それなのに、自分を信じてくれたのはあの中でリヴァイ兵士長だけだった。

今まで何度も暴言を浴びせられ、蹴られ叩かれ、怒鳴られたのに。今はただ、リヴァイの不器用な優しさが身に染みる。取っつきにくい彼が何故、兵士達から慕われているかが漸く解った。


彼は部下を一番に信用出来る上司なのだ。




「…俺が、ここにいることで生かしてもらってることはわかってるつもりです。俺自身が人類の天敵たりえる存在であることも…」



唇からするすると零れていく言葉は、エレンの本心だ。



「ただ…実際に敵意を向けられるまで気付きませんでした。あそこまで自分が信用されてなかったとは…」



自分に向けられた畏怖の目。巨人を見る目。エレンの心を抉るあの冷たい目を、古城で寝食を共にするメンバーに向けられた。エレンはショックを受けた。共に暮らしてまだ一週間程だが、訓練兵団にいた頃のような関係性がこのリヴァイ班でも築けたと思っていたからだ。

でもそれは間違いだったようだ。




「当然だ…俺はそういう奴らだから選んだ」




静かに答えるリヴァイに、エレンは顔を上げる。じっと一点を見つめて語るリヴァイは、相変わらず仏頂面で何を考えているのか解らない。




「巨人と対峙すればいつだって情報不足。いくら考えたって何一つわからないって状況が多すぎる…ならば努めるべきは迅速な行動と、最悪を想定した非情な決断」




巨人に襲われ、もう助からないと解る兵士を見捨てて逃げたり、遺体を投げて囮にしたり…そういった地獄を何度も経験した者達だからこそ、エレンが巨人化した際にすぐに行動に移れたのだ。
情けをかければ死ぬのは自分だと彼らは理解している。



「かと言って血も涙も失ったわけでもない。お前に刃を向けることに何も感じないってわけにはいかんだろう。だがな…後悔はない」




「…兵長は…何故あの時、俺を庇ってくれたんですか?」



シャオさんを吹っ飛ばした俺を。

彼女の綺麗な顔に傷をつけた俺を。



恋人だと聞かされて愕然とした中で、エレンはリヴァイの行動が不可解でならなかった。もしエレンがリヴァイの立場だったら、彼女に怪我を負わせる原因となった奴を殴らないと気が済まない。


対してリヴァイがとった行動は、恋人に駆け寄るでもエレンに刃を突き付けるでもなく、間に入りあまつさえ彼を護ったのだ。

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