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視界の端に白い壁のようなものが見えた。


砂の上を進んでいくと、見覚えのある景色にエレンは吊り目を光らせる。





「間違いない。ここだ」





記憶の中にある光景。エレン自身が見たわけではないのに、鮮明に覚えている。エルディア人はこの白い壁の上に横一列に並び、背後から首に注射を打たれ、知性のない無垢の巨人となる。そして30m下の砂丘に落とされ、人を感知し人を追跡し人を食らう。ただそれだけを死ぬまで繰り返す。


しかし問題は死ぬ術が殆どないということだ、と記憶の中のあの男は言っていた。


終わらない悪夢を見ているようだった、と話していたのはユミルか。ユミルは……死んだのだろうか。




「エレン」




いつものように一人の世界に浸っていたエレンを呼んだのは、微笑みを浮かべたアルミンだった。


今や彼は単なる幼馴染みではなく、エレンの同胞でもある。九つの巨人をその身に宿す者。アルミンだけが、今のエレンにとって唯一の理解者だった。


しかしそんな思いを知ってか知らずか、アルミンは昔のままの瞳でエレンを見返した。




「聞こえる?」




「…………?」




耳を澄ませば、今まで聞いたことのない音が、絶えず響いている。

何だろうと首を傾げていると、「こっちだ!」と叫び、アルミンは無邪気に駆け出した。




その後ろ姿が、幼い頃のアルミンの後ろ姿に見えて、エレンは咄嗟に目を擦る。


白い砂浜には彼の足跡がくっきり付いている。足がめり込んで歩きにくいが、一歩一歩踏みしめるようにして進んでいくと、潮の香りが鼻を擽る。




「!」




くん、と鼻を鳴らし目を大きくさせるエレンは猫のようで、偶々近くにいてエレンのその顔を目撃したミカサは笑う。最近急に大人びてしまったエレンを心配していたので、不意に見せた幼さの残る表情に安堵したようだ。




かつては処刑場として使われていた白い壁の上に、エレンは立った。




そして目の前に広がる青色に、言葉を失った。








「海だ…………!」








夢じゃない。


確かめるようにそう呟くと、アルミンとミカサが彼の両脇に立つ。



初めて目にする海はとてつもなく広大で、この世の景色とは思えないほど幻想的だった。潮の香りと波の音。身体中で海というものを感じて、エレンは感動にうち震える。





「ほら……言っただろエレン。商人が一生かけても、取り尽くせない程の潮の湖があるって……」





靴を脱ぎ、海に入っていくサシャとコニーの姿が視界に入る。興味津々で海水を舐めているジャンを見て、右隣のミカサが苦笑したのも解った。




「僕が言ったこと……間違ってなかったろ?」






ーーー……海を見に行くよ!





あれは最終奪還作戦の時。そう声を掛け自分を起こしてくれたアルミンの顔を、エレンはハッと振り返る。


あの頃となにも変わらないアルミンが、今にも泣き出しそうにクシャッと笑った。


何故エルヴィン団長を生き返らせなかったのかと周囲には陰口を叩かれ、挙げ句超大型巨人の力を継承させられ、奪還作戦直後のアルミンは疲弊していた。アルミンを生き返らせろと主張した張本人であるエレンは、もう昔のような関係には戻れないと覚悟していたが、今此処にいるアルミンは、幼い頃から共に過ごしてきた親友の顔でエレンを見つめている。





「あぁ……すっげぇ、広いな……」





久しぶりに笑ったエレンを見て、アルミンは頷く。



今この瞬間だけは、全てを忘れて。

小さな頃からの夢を叶えたと、ただ純粋に喜ばせて欲しい。潮の香りを思いきり吸い込んで、アルミンは目を細め、水平線へと手を伸ばす。






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