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口を閉ざしてしまったリヴァイを安心させるかのように、シャオは彼の黒髪に指を通しながら微笑む。
それでも、変わらないものがある。
永遠に変わらないものが此処に。
調査兵団を去ってもシャオはリヴァイを愛し続けるし、リヴァイもまたそうしてくれるだろう。永遠を誓った二人を別つ壁は何処にもない。
今までのように頻繁に顔を合わせることはなくなっても、振り向けばいつも目に入る場所に彼女が居なくても、この胸に抱く想いは少しも色褪せないとリヴァイは言い切れる。
それはシャオだって同じだ。あまり会えなくなっても、今ならきっと、リヴァイに会える日を心待ちにして日々を過ごすことが出来る。
やがてリヴァイやハンジ、エレン達がまた新たな戦地へと旅立っても。シャオは皆の無事を祈りながら、この壁の中で帰りを待つことが出来る。
もう肩を並べて戦うことが叶わないのなら、日々を力強く生きていくことが、自分に残された唯一の道だと気付いたからだ。
「私はもう、調査兵団の兵士ではなくなるから……」
口に出すとどうしても、込み上げてくるものを抑えることが出来ない。それでも必死に涙を堪え、シャオは笑顔を作った。
訓練兵団に入団してから今までのこと。
一日一日を大切に、情熱を持って生きていた日々の破片が次々と落ちてくる。
父の日記。
訓練兵団
。
立体機動装置。
ペトラ。
ワイヤーの射出音。
馬の蹄の音。
解散式の夜。
自由の翼。
巨人の足音。
壁外で見た青空。
倒れていく仲間。
巨人の研究。
技術班の兵器。
スヴェンの煙草の匂い。
リヴァイ兵士長。
トロスト区の穴。
エレン。
104期生の笑顔。
古城での暮らし。
女型の巨人。
巨大樹の森。
親友の手紙。
エルヴィン団長。
水晶体の中の女の子。
壁の上の朝焼け。
ハンジの涙。
地下から聞こえてくる悲鳴。
荷馬車の上で聞いた銃声。
焚き火の音。
礼拝堂の輝き。
巨人を迎え撃つ兵士達。
ケニーの死に顔。
戴冠式。
左手に嵌められる指輪。
夢を語る声。
月明かり。
全てを焼き尽くす光。
散らばった肉塊。
愛しい人の顔。
全ての瞬間を噛み締めるようにして、シャオの言葉をじっと待ってくれているリヴァイの瞳を覗き込む。
「あなたの帰りを、待ってる……リヴァイ」
初めて彼を名前を呼んだ。口に乗せるこの音は、世界で一番綺麗な響きだと思った。
眉を下げ僅かに口を開けたリヴァイが今にも泣き出しそうな子供のように見えて、シャオは徐に上体を起こし、リヴァイの頭をその胸に抱える。
「泣いていいよ…たくさん。今度は私が貴方を護るから。ずっと」
耳元で優しく囁く声が、リヴァイの心に沁みていく。シャオの背中に腕を回し、柔らかな胸に顔を寄せる。閉じた瞼の裏には、ありがとうと微笑んだエルヴィンの顔が鮮明に映し出される。
俺をここに連れてきた男。
お前の見てきた世界が、俺の世界だった。
ぎゅう、とリヴァイが強い力でシャオを抱き締めても、彼女は彼の頭を撫でる手を止めない。リヴァイの小刻みに震える身体を、自らの体温で温めるように包み込んだ。
女の胸の中で泣くなんて情けない、と思いながらも、リヴァイは感情を晒け出す。時折嗚咽を漏らすリヴァイの背をさすり、シャオは彼の頭に頬ずりをして、吐息と共に言葉を紡ぐ。
「私はずっと、あなたの帰る場所だよ」
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