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彼女がそこに居るだけで、物が少なくて生活感の欠片もない部屋が一気に華やぐ。


コートを脱ぎ、薄着になったリヴァイは、シャオが寝ているベッドに潜り込む。


ふ、と微笑み顔を寄せてくるシャオに、リヴァイは自然と口角を上げる。こんなふうに笑えるようになったのはシャオの存在があったからだ。彼女に出逢わなければ、リヴァイの表情筋は固まっていただろう。



目を細め、小さな身体を抱き寄せる。




短くなった髪を何度も撫で、「似合ってんな」と素直な気持ちを言葉にする。本当は、悪くない、と言うつもりだったのだが、言葉が先に出てしまっていた。




「お風呂に入りたいです」




「まだダメだろ……後で拭いてやるから」




「昨日もミカサに拭いてもらいましたけど…お湯に浸からなくても、せめて洗いたいです」




腕の中で可愛らしく我が儘を言うシャオの頬を、リヴァイは壊れ物を扱うかのような手付きで触れる。手に吸い付くようなしっとりとした肌を掌で覆うと、リヴァイの瞳は熱を持った。



そのまま顔を近付けるとシャオはゆっくりと目蓋を閉じる。



久しぶりの口付けは、触れるだけの優しいものとなった。




顔を離すとどちらともなく微笑む。毛布の中、シャオの存在を確かめるようにリヴァイは丁寧に彼女の身体を撫でていく。

次第にシャオは熱い吐息を溢し始めるが、重傷を負い未だ経過が思わしくないシャオを抱くほど、リヴァイは子供ではない。




「明日、女王陛下がトロスト区にお越しになる」




態と恭しくそう言えば、シャオは息を呑んで目を見開いた。



「ヒストリアが……」




「会議と式典で、だ。壁の英雄達に勲章が送られる」




奪還作戦で帰還した兵士10名と殉職した199名は皆、壁の英雄達と民衆に讃えられた。今まで調査兵団に白い目を向けていた人々が掌を返したようにへつらうのを見てリヴァイは始め苛立っていたが、それにも慣れた今は適当にあしらっている。



ヒストリアに会いたい、と縋るような目で訴えてくるシャオの頭に優しく手を乗せ、「お前は出れない」とぴしゃりと告げる。




「その体じゃまだ無理だ。大人しくいい子にしてろ」




「公には出れなくても……ヒストリアと話すぐらいは……!」



「それは明日の体調次第だが……まだ熱が高いから無理そうだな」




渋い顔で額に手をやるリヴァイを恨めしげに見つめ、シャオは弱々しい声を出す。




「ヒストリアに話があったのに……」




「何の話だ?」





以前目を爛々と輝かせて語っていた色気付いたガキ共の話か?と、リヴァイは軽く考えていたが、続くシャオの言葉を聞いて、頭が真っ白になる。





「私ここを出て、ヒストリアの孤児院で子供達の面倒を見ながら暮らそうかと思っていて」





枕に右頬をつけ、何気ない会話をするかのように、あっさりとシャオはそう言った。もう調査兵団に身を置くのは難しいと判断してのことだろうが、それでもリヴァイはシャオはずっと兵舎に居るものだと思い込んでいた。此処で自分の、皆の帰りを待っていてくれるものだと。時にはハンジの話し相手になり、104期達を見守り、リヴァイと愛し合いながら兵舎で時を過ごす。そんな未来を想像していたが、当の本人であるシャオは違ったようだ。




「私、もう戦えないって自分で解るんです。それは足を失ったからじゃなく、世界の真相を知ってしまったからじゃなく…心の中にあった、私を突き動かしていた何かが消えちゃったから」





目を覆いたくなる程恐ろしいのに戦場へ向かう足を止めなかった、兵士としてのシャオを繋ぎ止める鎖。それが突然、千切れたのだ。もしかしたらその足枷は、爆発で失った右足に付いていたのかもしれない。




「……兵士じゃなくなっても……ここに、居ればいいだろ」




リヴァイは、カラカラに乾いた喉で呟く。





「お前が此処に居るのを他の奴等も望んでる」




「そうでしょうか?腑抜けてしまった私が兵舎に居たら、皆苛々すると思います。さっきのエレンみたいに」




「……アイツはただ、びっくりしただけだろ」




確かに彼がシャオの変わり様に戸惑っていたのは事実ではあるが、もう少し時が過ぎれば彼女の心境の変化にも理解を示してくれるだろう。今はエレン自身に心の余裕がなかっただけだ。



ーー地下室にあったものは、希望だったのか?それとも絶望?


交錯する記憶の中、“進撃の巨人”が見てきた世界を見据え、誰よりも絶望の歴史を目にしているエレンが、余裕をなくすのは仕方がない。




(……いや。それは本当に、一時的なものか?)




変わったのはシャオだけじゃない。エレンも変わった。彼は一人でぼんやりと過ごすことが多くなった。彼だけじゃない、ハンジも、アルミンも変わった。奪還作戦を乗り越えた生存者は皆、今まで通りではいられなくなったのだ。





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