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長い間人間が出入りしていない古城の中は、廃れていて酷い有り様だった。自他共に認める潔癖症であるリヴァイがこの城で生活する為には、塵一つ残らず掃除をしなければならない。
早速リヴァイに指示された場所へ移動する面々に対し、エレンは一人箒を持ったまま立ち竦み、戸惑いを隠せずに居た。
「お前はここをやれ」
「はい…」
三角巾にマスクという完全防備でエレンにそう指示を出したリヴァイは、自身も上の階を磨き上げる為に階段を上っていく。その後ろ姿を呆然と見送っているエレンを見て、ペトラは苦笑した。
「失望したって顔だね」
「はい!?」
まるで心の中を読まれたようで声が裏返ってしまった。図星だった。エレンのような反応を見せる兵士は珍しくはないので、ペトラは特に気にする様子もなく続ける。
「世間の言うような完全無欠の英雄には見えないでしょ?現物のリヴァイ兵長は…思いの外小柄だし、神経質で粗暴で近寄りがたい」
「いえ…いや、それもありますけど…俺が意外だと思ったのは、上の取り決めに対する従順な姿勢にです」
部屋を割り振りする際、エレンはまた地下室で寝るように指示された。これはエレンがまだ自分自身を掌握出来ていない為、万が一寝惚けて巨人になったとしてそこが地下ならその場で拘束できるからだ。そしてリヴァイは言った。これはお前が身柄を手にする際に提示された条件の一つ、守るべきルールだと。
エレンの想像ではリヴァイは誰の指図も意に介さないような人物だとばかり思っていたので、リヴァイが"ルール"なんて口にした時には驚いたものだ。
「正直、リヴァイ兵長は人の意見より自分の意見を押し通すというか…型にはまらない人だと思っていたので」
「あはは、エレンも兵長に夢見すぎ!一応兵長だって普通の人なんだから…」
箒がけをしながら、ペトラは三日前、リヴァイから直々に呼び出しを受けた時の事を思い出す。リヴァイの表情からは疲労の色が見え、声にもいつものような覇気がない。
『すべては2日後の審議次第だが…あの巨人のガキを調査兵団に引き入れる予定だ。そしてあのガキを囲っておく班が必要になった』
『まさか兵長…私を指名してくださるんですか!?』
『その通りだ。話が早くて助かる』
あのリヴァイ兵士長から直々に指名されるなんて、兵士としてこんなに光栄な事はない、とペトラは鼻息荒く敬礼をした。リヴァイは壁に寄り掛かり、腕を組んだまま他のメンバーの話もしてくれた。話をつけにきたのはペトラで最後だったらしく、他のメンバーからは既に了承を得たらしい。そのメンバーの中にオルオが居たことが少々気掛かりだったが。兵長を崇拝しているあのオルオのことだ、きっと涙を流して喜んだに違いない。
『ってことは、私とエルドさん、グンタさん…オルオ、エレン、兵長。6人の班なんですね』
『…いや。本当はもう一人』
言いかけて、リヴァイは舌打ちをした。頗る機嫌が悪いようだ。眉間の皺がいつにも増して濃い。ただでさえ威圧感があるのに不機嫌オーラを撒き散らされると、背筋が凍る思いだ。冷や汗を垂らし姿勢を正したペトラに、リヴァイは重々しく口を開く。
『俺の班にシャオも入れたいんだが、エルヴィンの奴がなかなか了承しない』
『…シャオですか?』
『ああ。元々アイツがヒヨコみてぇに弱ェのが悪いんだが…』
突然出てきた友人の名前にペトラは目をぱちくりさせる。そういえば、シャオはハンジ分隊長のお気に入りで、その伝でリヴァイ兵長とも知り合ったと話していたような気がする。しかしそれは今から半年程前の事で、現に今の今まで忘れていた。話は聞いていなかったが、どうやらあれからもシャオは兵長と親しくしていたらしい。
『シャオも居るなら私も心強いです!訓練兵時代から一緒ですし』
『…そうか。そういやお前ら仲良かったな』
思い付いた、という風に目を見開いたリヴァイは床を睨み付けていた顔を上げる。
『エルヴィンを納得させる理由を考えた。まず、アイツはああ見えてバカみてぇに頭がキレる…作戦を立てる時にはアイツの意見が役に立つ。それに掃除が丁寧、料理が上手い、ガキの面倒見が良い…これからの生活に必要不可欠だな。
そしてペトラ、お前と馴染みだ』
『…はぁ…』
『閉塞的な古城での生活で、野郎に囲まれちゃ不安だろう。それも付け足しておく。問題ねぇか?』
『あ、はい…』
どうにかしてシャオを班に入れようと頭を悩ませるリヴァイの姿を見て、ペトラの中のリヴァイ兵長像が音を立てて崩れ落ちた。決してガッカリした訳ではなく、良い意味で、だ。
この人も、至って普通の男の人なんだと。
ヒヨコみてぇに弱い、と罵倒しながらも、シャオの事を話すリヴァイの目がとても優しかったのだ。
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