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モブリットが自分に想いを寄せていることに、ハンジは気付いていた。彼だって人間だ、気に入らない上官だったらここまで肩入れしないだろう。それにズボラで下品な言葉も平気で口にする女など、普通の男だったら敬遠する。


それなのにモブリットは、いつだってハンジの味方で、いつだってハンジを理解しようとしてくれた。


きっと私のことが好きなんだろうな、と察しの良いハンジは気付いていたが、当の本人がそれを隠そうと必死だったので、敢えて指摘しないでおいた。




「でも……わかっているだろ?誰にだっていつかは別れる日がくるって」





バレバレなのに好意を隠そうとしているモブリットを見るのがハンジは好きだった。



しかし最後の夜、酒に酔ったハンジを部屋に送り届けたモブリットは、いつものように好意を隠そうとはしなかった。


ハンジをベッドに横たわらせ、そのまま去るのかと思いきや、モブリットはハンジの唇に口付けを落としていったのだ。


寝た振りをしていたが、ハンジはその口付けで一気に覚醒したのだ。まるで呪いを解かれた姫様の気分だった。


優しい口付けをして、それ以上は何もせず、モブリットは行ってしまった。この瞬間に芽生えたばかりのハンジの想いに気付くことなく。


……こんなことになるのなら、寝たフリなんてしなきゃ良かった。


最後の夜だったのに。



悔やんでもそれは、あとの祭りだ。




「とてもじゃないけど受け入れられないよ。正気を保つこともままならない。辛い……辛いよ。わかってる……」




ぴくりとも動かないまま、エレンはハンジの声に耳を傾けている。彼はもう抵抗しなかった。





「……それでも、前に進まなきゃいけない……」





悲壮感溢れる呟きの後、小箱を開ける音がした。


ハッと顔を上げると、ちょうどリヴァイが注射器を取り出したところだった。




「あ…………、」




エレンは言葉を発することが出来ず、ただただリヴァイへ向けて片手を伸ばす。いつだって、感情の色を色濃く宿すエレンの瞳は煩い。普段はそれに加えて減らず口を叩くから、余計に扱いが難しい少年だ。でも今はリヴァイに向かって眼の色だけで訴えかけてくる。


しかし、申し訳ないがその願いは聞いてやれない。




「……お前らここから離れろ。ここで確実にベルトルトをエルヴィンに食わせる」






無情にも、別れの時は訪れる。




誰しも、いつかは訪れる日だとは解ってる。
でも、まだ早すぎる。





「さぁ行こうエレン」





優しい声で促しエレンの背中を撫でた後、ハンジは力が入らないでしゃがみこんでいる彼に肩を貸す。





「あ……、アルミン…………、」






ワイヤーの射出音がする。ハンジがエレンを抱えたまま飛んだ。ふわりと無重力を感じる身体。


屋根の上に横たわったままのアルミンとの距離が開いていく。無造作に投げ出された彼の手を掴もうとエレンは必死に手を伸ばしたが、それは空を掴んだだけだった。








『一緒に海に行くって約束しただろ、僕がエレンにウソついたことあった?』





まだ逝っちゃだめだ、アルミン。

だって約束しただろう。







「……解ってたはずなのに……


お前が誰よりも……


勇敢なことぐらい……」






震えながら涙を流すエレンは、アルミンの幻影と最後の会話を交わしているようだ。その姿を見ていられなくて、ハンジは堪らず目を伏せる。





「アルミン……お前はどうして……逃げないんだよ……っ、」













……海、って知ってますか?







いくら見渡しても地平線の果てまで遠く、巨大な、湖のことです。しかもその全てが塩水でできているって、アルミンが言うんです。
この壁の向こうにある海をいつか見に行こうって。
でもそんな、ガキの頃の夢は、俺はとっくに忘れてて。


母さんの仇とか、巨人を殺すこととか、何かを憎むことしか頭になくて。


でもこいつは違うんです。アルミンは戦うだけじゃない。




夢を見ている。








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