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この声はきっと、シャオだ。
シャオが泣いているんだ。
シャオは生きているんだ!!
逸る気持ちを抑え、ハンジは彼女の名前を叫びながら、その泣き声に近付いていく。どうか泣き止まないでくれと祈りながら。泣き声が途絶えたら見付けられない。泣き声が途絶えたら、彼女が力尽きたということを意味するから。
泣き声はどんどん大きくなっていく。
それは、泣いている、なんて表現では生温い。
慟哭だ。
深い悲しみを伝えてくる声を聞き、ハンジの右目が映す世界も歪む。
そして、ついに彼女を発見した。
「……シャオ!!」
瓦礫の山の中、そこに埋もれるようにして、シャオは天を仰いで泣いていた。
ハンジは力の限りシャオを呼ぶが、彼女は此方に気付かないのか、大声で泣き叫んでいる。
鋭い痛みが走る身体に鞭を打ち、ハンジは駆け足でシャオの側へ向かい、傍らに膝をついた。
辺りに立ち込める硝煙と血の匂いが酷い。
「シャオ!!生きてて良かった!!さぁ、瓦礫を退かそう!!」
体力的にも精神的に参っていたが、ハンジは極力明るい声を出す。シャオの顔は血や土で汚れており、髪も所々焼けてしまっているが、ちゃんとシャオだと認識できる姿を保っている。それに安堵し、彼女の身体に乗っかる瓦礫の欠片を一つ退かすと、ハンジはあることに気付く。
ーーーここにいるのはシャオ一人ではない。
誰かが、彼女の上に覆い被さって、
眠っている。
それに気付いたハンジはひゅっと喉を鳴らし、震える手を早急に動かす。露になっていく誰かの姿を見下ろして、ハンジは涙を堪えることが出来なかった。ポタリとひと粒零れたらもうだめだ、我慢できない。
ハンジは嗚咽を漏らしながらも、シャオを護るように覆い被さっている遺体を検分する。
遺体の損傷は激しく判別は不可能だったが、爆発の数秒前までシャオの近くに居た人物なら、大体予想がつく。
「……スヴェン……キミなのか?」
……君が、護ってくれたんだね。
シャオと……リヴァイを。
ありがとう、と呟けば、シャオの泣き声は大きくなった。ぐちゃぐちゃになったスヴェンの遺体を丁寧に退かすと、仰向けに横たわるシャオの右足の異変に気付く。
彼女の右足の膝から下が無い。
「止血をしないと……!」
ハンジは慌てて自身の服を破り、シャオの右腿辺りをきつく縛って応急措置をする。
その間もシャオはずっと錯乱していて、言葉にならない声を発していた。ボロボロと涙を流したまま。
足が痛むのか、火傷が熱いのか、それとも仲間を失った悲しみか。
(全部……だろうね)
ハンジは慈愛に満ちた瞳でシャオを見下ろし、その頬を撫でる。傷だらけの彼女の軽い身体を抱き抱え、スヴェンの肉片が飛び散る辺りから離れた。
何故だろう、こんなにも悲しいのに。
振り向いた先で、テストで100点をとった子供のように誇らしげに笑うスヴェンの幻影を見た気がした。
ーー……どうだ、クソメガネさん。
俺はやったぞ。
惚れた女を護った。
最悪なことに女は兵士長にとられちまったが、
命を救ったのはこの俺だ。
(あぁ……貴方は本当に立派だった。あの一瞬で状況を理解し、身を呈して彼女を護った。大したもんだよ、本当に。
今まで随分とコキ使っちゃったけど……それは貴方の腕を信用してたからだってこと、まぁ解ってただろうけど一応言っとくよ。
アッチでは、ゆっくり休んでくれ)
「おやすみ、スヴェン」
これ以上此処に留まっていたら、乾涸びるまで泣いてしまうかも知れないから。馬鹿みたいなことを考えたら、フッと鼻で笑われた気配がした。
それを最後に、スヴェンの気配は完全に消えた。
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