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(……気付いていた。
私だけが自分のために戦っているのだと)




民家の脇に置いてあった木箱に腰掛け、エルヴィンは俯き、自身の足元に目をやる。両足の骨を折るとまで言って、自分を止めようとしたリヴァイの心境を考えると胸が痛む。



しかしエルヴィンは、右腕のような存在であるリヴァイでさえも騙していた。





(人類のために心臓を捧げよ、と……仲間を鼓舞し、仲間を騙し、自分を騙し……築き上げた屍の山の上に……私は立っている)






ーーー私だけが、自分の夢を見ているのだ。





しかし、彼とて一人の人間だ。自責の念に駆られ、罪悪感に苛まされ、安眠できた日などこれまで一度足りとも無い。


それでも脳裏にちらつくのは“地下室”のこと。エレンの父親、グリシャ・イェーガーが残した地下室。必死で追い求めていた、世界の真相が、手を伸ばせば届く場所にある。




「……仲間達は俺らを見ている。捧げた心臓がどうなるか知りたいんだ」




呻くように言うエルヴィンの背後には、当然だが何も見えない。しかし、リヴァイは確かに自分達二人を取り囲む誰かの気配を感じる。



志半ばで戦場に散っていった兵士達の気配だろうか?



辺りは変わらず喧騒に包まれているが、二人の周りだけは水を打ったように静かな空間が広がっていた。




(俺はこのまま……地下室に行きたい)




全てを投げ出して、自分の欲求だけを満たすことが出来たら、どんなに幸せだろう。

どうせこのまま皆死ぬだろうし、自分勝手な行動をとったところで誰も責めはしないだろうが、今のエルヴィンに、自分本位な行動を起こすことは出来なかった。



彼は冷酷無慙になりきれなかったのだ。



慈悲の心など、とっくになくしたと思っていた。巨人の注意を引くのに遺体を棄てたり、
部下を囮に使ったり、街の真ん中で巨人達を戦わせたり。普通の人間には出来ないようなことを平然とやってのけたのに、エルヴィンは、他の誰よりも大切な部下であるリヴァイの信頼を失うことが恐かった。



ここまで自分についてきてくれたリヴァイを、失望させたくなかったのだ。




彼がシャオという素晴らしい女性に出逢い、恋をして、そして永遠の愛を誓う場に立ち会えたことは、エルヴィンにとって人生最大の喜びであった。

そして、ただの駒の一つとして地下街から連れ出した筈のこの男の未来を、幼い頃から追い求めてきた夢よりも優先することになるとは、人生最大の誤算でもあった。




普段堂々とした立ち居振る舞いをしているエルヴィンが、背を丸めているのを暫く眺めてから、リヴァイは掠れてしまった声を振り絞る。





「……お前はよく戦った」




地面に膝を付き、リヴァイはエルヴィンの顔を下から覗き込む。地下街で生まれ育ったリヴァイは色素が薄い。




「俺は選ぶぞ」




そこにある相変わらず白くて整った顔を見下ろすエルヴィンの青い瞳は、次の言葉を聞いて大きく揺れる。








「夢を諦めて死んでくれ。



新兵達を地獄に導け。



獣の巨人は…俺が仕留める」









ーーー……すまない。






苦痛に歪むリヴァイの表情を見て、エルヴィンは壊れそうになる心をなんとか守り、最後まで忠実な部下であった彼を見下ろして、微笑む。





「リヴァイ……ありがとう」








……私に、人間らしさを残してくれて。







リヴァイが最後に見たエルヴィンの笑顔は、一切の翳りのない微笑みだった。



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