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ケニーが遺した注射器の中身の解明。それは今ある技術ではこれ以上探ることが出来なかった。エレンとヒストリアから聞いたように、人間の脊髄液由来の成分ではあるらしいのだが、この液体は空気に触れるとたちまち気化してしまい、分析は困難だ。


我々とは比較にならないほど高度な技術。
レイス家が作ったとしたら一体どうやって?


謎は深まるばかりだが、こうなったら下手に扱うよりも、当初の目的に使用する他ない。

リヴァイは当然、その箱はエルヴィンが持つものだと思っていたが…。



『この箱は…最も生存確率の高い兵士に委ねるべきかと。リヴァイ、引き受けてくれるか?』



兵士としては手負いの身であるエルヴィンは、注射器が入った小箱をリヴァイに渡す。命令すればそれで決まる事なのに、いつになく歯切れの悪い物言いに、リヴァイは怪訝な眼差しをエルヴィンに向ける。



『これを使用する際はどんな状況下かわからない…つまり現場の判断も含めて君に託すことになりそうだ。状況によっては誰に使用するべきか、君が決めることになる。任せてもいいか?』






ーー…その言葉に込められた意味、とは?






濡れた髪をタオルで拭きながら、リヴァイは自室の扉を開ける。ここは調査兵団本部の兵舎。明日も朝から中央で仕事があるが、リヴァイはわざわざ馬を走らせ、此処に泊まりに来た。


今夜はシャオの隣で寝たいからだ。
理由なんてただそれだけ。


ベッドの上に寝そべって本を読んでいるシャオの姿が目に入り、リヴァイは目を細める。


そろそろ日付が変わる時刻。眠くなってきたのかシャオの目はとろんとしており、リヴァイを見上げると溶けそうになった。それでも無理矢理活字を追おうと奮闘するシャオを見て苦笑し、リヴァイはベッドに腰を下ろした。




「…何をそんなに夢中になって読んでやがる?」




「恋愛小説です…」




パラリ、と頁を捲るシャオの左手に嵌められたままの指輪を見て、リヴァイは背中に流れた彼女の髪を梳く。彼女に倣い俯せで横たわり、頬杖をついてランプの下に開かれた恋愛小説に目を通す。全く興味はないが、シャオが眠い目を擦って必死になっているので、その気持ちに寄り添おうとした。




「恋愛って難しいですね…」




「…あ?」




突然ぽつりとそんなことを言い出したので、リヴァイはまじまじと灯りに照らされたシャオの顔を見下ろす。お前の恋愛ならもう大団円で終わっただろうに。そう不審がるリヴァイの視線を受け、シャオは笑った。




「最近104期の子達を見てるとね、協力してあげたいけど…難しいなぁって思うんです。私が首を突っ込んだらダメですよね」




「ガキが色気付いてきたのか」




「ふふ、そうなんです!皆、一生懸命ですよ」




最近は特に。と、シャオは本を閉じ、仰向けになってリヴァイと視線を合わせる。夜着である白いワンピースを纏い、長い髪を広げて横たわった彼女は、空から落ちてきた天使のようだった。


無言で此方を見下ろしているリヴァイは、シャオの話に耳を傾けている。



104期生達の恋の話。



まず、名前が出てきたのは意外にもサシャとコニーだった。新リヴァイ班として行動を共にしていた時もあの二人は仲が良く、常に一緒に行動していた。底抜けに明るい性格の者同士、会話のテンポが合うらしい。二人のそれは男女の垣根を越えた友情だとリヴァイは思っていたが、シャオが言うには二人は既に交際を始めているという。


次に名前があがったのはアルミンだ。

エレン奪還戦後、シャオは心のケアのため104期生一人ひとりと面談をした。時には恋愛事情も聞いてみたりして。頭脳明晰で参謀役として頭角を現すアルミンは、恋愛事には疎いと思っていたが、それは間違いだった。




『僕はアニが…女型の巨人の正体であるアニのことが好きでした。多分、一年くらい前から』



思いを打ち明けたアルミンは苦しそうに眉を寄せ、しかし茫然とするシャオの手前、気丈に振る舞った。




『自惚れる訳じゃないけど、アニも僕のことが好きでした。だから僕はその気持ちを、捕獲作戦で利用した…我ながら、最低だと思います』



ーー…アニがこの話に乗ってくれなかったら、アニは僕にとって悪い人になるね。


アルミンがそう言った瞬間、それまで協力は出来ないと渋っていたアニの瞳が大きく揺れた。あんたにとっての悪い人にはなりたくない、と。表情だけでアニの気持ちが読み取れて、アルミンは心臓をナイフで突き立てられたような痛みを覚えた。



ーー…いいよ。乗った。



素っ気なくそう答えたアニを、その場で抱き締めてやりたかった。アニが女型の巨人だって?そんなこと知るか。どうでもいいと、全てを投げ出せる世界だったらどんなに良かっただろう。




『だからこの苦しみは、好きな人を裏切った…その報いだと思うんです』





そう言って目を伏せるアルミンに、シャオはかける言葉が見つからなかった。水晶体になったアニを見たがあるが、彼女がアルミンの想い人だったことを知ると、居たたまれない気持ちになる。アニの、あの何処か寂しげな寝顔。もしかしたら、永遠に結ばれることのない悲しい恋の夢を見ていたのかもしれない。




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