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ーー…兵法会議の最中、激昂したエレンを"躾"と称し、リヴァイはエレンに暴行を加える。歯が抜ける程の力で顔面を蹴りあげ、それでもなお反抗的な目を向けてくるエレンの腹や頭を蹴り続けた。


皆が固唾を呑んで見守る中、憲兵団の師団長から制止の声が入るまでそれは続けられた。



結局これは憲兵団に身柄を渡さないようにとエルヴィンが考案した演出だった訳だが、それでもリヴァイが本気で蹴った事には変わりはない。




「ごめんね〜エレン、痛かっただろうに」




腫れ上がった頬、滴る鼻血、唇は切れて出血している。酷い有り様のエレンを支え、ハンジは客室の扉を開いた。


あのパフォーマンスが功を奏し、エレンは調査兵団へ引き渡される事となった。但しリヴァイと行動を共にすることを条件とした上で、だ。


会議が終わった後ハンジに全てを明かされ、エレンは足りない脳味噌をフル回転させて状況を理解しようとするが、全部を理解するのには時間がかかりそうだった。


解ったのは、先程のリヴァイの暴行は演技であったということと、自分は調査兵団に命を救われたということだ。



「すぐ手当てしてあげるから。可愛いお姉さんがね」



「はい…?」



ウィンクしてそう言うハンジに呆気に取られ、エレンは間の抜けた声を上げるが、部屋の中に居た人物を目にしてエレンは硬直した。



「おかえりなさい、ハンジさん…と、エレン!」



エレンの顔を見て目を丸くしたシャオは、すぐに駆け寄り固まってしまっているエレンの手を引く。



「そこに座って!手当てをするから」



審議所に着くなり、流石に中には入れられないからと、シャオはこの部屋で待機しているように指示された。救急箱はその時ハンジが置いていったものだ。こうなることを想定していたのだろう。



「あなたは…トロスト区で…」



促されるままにソファに腰を下ろしたエレンは、痛みを忘れるほどの衝撃を受けていた。

トロスト区奪還作戦直後、巨人化を解き意識朦朧としている中でも、エレンはシャオの姿を見て確かにこう思った。今までの人生でこんなに可愛らしい女の人に会ったことがない、と。

一瞬の邂逅でエレンの心に焼き付いた女性が今、目の前に居る。そう思うと鼓動が早鐘のように高鳴った。


そんな、エレンが自分に向ける感情には気付かず、シャオはガーゼに消毒液を垂らし、丁寧に傷の処置を始める。


「少し滲みるけど我慢できる?」



「だ、大丈夫です!」



顔の距離が近く、エレンは耳まで赤く染める。
やれやれ、とハンジが苦笑した時、客室の扉ががちゃりと音を立てて開いた。


入ってきたのはエルヴィンとミケ、そしてリヴァイの三人だ。


シャオが此処に来ていたことを知らなかったリヴァイは、部屋の中の状況を見て目を見開き足を止める。シャオも一度視線をエレンから三人に移し、無言で敬礼をした。その後すぐに怪我の手当てに戻る。


「すまなかった」


エルヴィンは屈んでいるシャオの隣に立ち、正面からエレンを見下ろして謝罪の言葉を述べる。


「しかし君の偽りのない本心を総統や有力者に伝えることが出来た。効果的なタイミングで用意したカードを切れたのも、その痛みの甲斐があってのものだ」


普段は直情的で反抗期をそのまま体現したような性格のエレンであるが、真摯な瞳と言葉を向けるエルヴィン団長の言葉には大人しく耳を傾けている。


「君に敬意を」



そう言って差し出された右手を、エレンは躊躇うことなく握る。



「エレン、これからもよろしくな」



「はい!よろしくお願いします!」



二人が固い握手を交わしたこの瞬間、正式に、エレンは調査兵団の一員となった。

そんな記念すべき瞬間だったが、「あらー」というシャオが上げた間抜けな声によって、厳かな雰囲気はぶち壊される。

皆の視線はパカッと口を開けているシャオに移された。しかし自分に纏わりつく視線を全く気にすることなく、シャオの目はエレンの頬の傷に釘付けだ。



「これは凄い、みるみる傷が塞がっていく…」



「え!?え!?何なにシャオ、私にも見せて!」



巨人のことだけではなく、世の中の不思議な現象に目がないハンジは、興奮した様子でシャオの隣に並んで屈む。

大きさの違う二人の背を後ろから腕を組んで見下ろし、リヴァイはそこで漸く口を開いた。



「おい、何でお前が此処に居る」



不機嫌な声音にシャオはビクリと肩を震わせる。この声は、怒っている時の声だ。恐る恐る振り向くと、眉間に皺を寄せたリヴァイの三白眼と視線がぶつかる。見下ろされている格好なので威圧感は倍増だ。



「午後の訓練はどうした。今日はお前の苦手な立体機動の訓練だった筈だが…まさかサボってきたんじゃねぇだろうな」



「す、すみません…」




調査兵団に入団後も一般兵達は、手透きの日に立体機動や対人格闘の訓練を受ける。そして今日は訓練の日だった。兵士長であるリヴァイは、毎朝一般兵達の予定にも軽く目を通しているので、シャオが此処に居ることは上官として咎めるべき行動であった。団長であるエルヴィンが兵士達の日々の生活に関しては割と放任主義なので、代わりにリヴァイが目を光らせていなくてはいけない。例え注意する相手が恋人だとしても、だ。



「そんなに怒らないでよリヴァイ、恐いなぁホントに。シャオは私が無理矢理連れて来たんだから」



「…クソメガネ、いい加減にしろよ。テメェが好き放題連れ回すからコイツはいつまでたっても上達しねぇんだ」


苛々と厳しい言葉を放つリヴァイに、シャオはシュンとして俯いてしまう。しかしハンジはリヴァイに背を向けたままで、全く臆する様子を見せない。



「元々貴方がシャオに用事があるようだったからこうして連れて来たんじゃないか。エレン、口の中見せてよ!」


リヴァイに責められているシャオを見てオロオロしていたエレンは、ハンジの言葉に素直に従う。



「…!…え?歯が生えてる」



口の中を覗き込んだハンジが漏らした声に、エレンにまた注目が集まった。巨人の持つ再生能力が、人間の姿のエレンにも備わっているらしい。とても興味を引かれているだろうにシャオが俯いたまま動かないのを見て、リヴァイは小さく溜め息を吐いた。


そして視線をエレンに向ける。

その眼光を受けまるで鋭いナイフを向けられたような錯覚に陥り、審議所での事が脳裏を過ったエレンの顔は一瞬にして青ざめた。



「なぁエレン」



自分を恐れるエレンに気付いたリヴァイであったが気にせずに声をかけると、やはりエレンの身体はビクリと跳ねる。どうやら相当トラウマになってしまったらしい。



「俺を憎んでいるか?」



「い…いえ!」



憎んでいる、なんて間違っても言えるか。



「必要な演出として理解してます!」



「ならよかった」



しれっとそう言うリヴァイに苦笑し、さて、とエルヴィンはそこにいる全員に今後の話を始めた。

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