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戴冠式後。
先程、シャオが言った通りの景色がそこにはあった。
王冠を外したヒストリアを取り囲む104期生の面々。勿論、エレンもすぐ傍に居る。それは今までと何ら変わらない光景だった。
とはいっても、ヒストリアはもう調査兵団の兵服に身を包むことはない。一人軽装になったヒストリアは腕捲りをし、エレンを見上げる。
「エレン!私、アレやるよ!」
「?あれって何だよ?」
「リーブス会長の遺言!忘れたの!?」
「リーブス会長の…」
エレンは必死で記憶を辿る。エレンがリーブス会長と最後に会話をしたのは、中央憲兵への身柄引き渡しの日。ディモ・リーブス会長は強面だが気さくな人だった。あの人が死んだなんて未だに信じられない。
『女王になったら奴をぶん殴ってやってこう言いな、殴り返してみろってな』
ゲラゲラと笑いながら最後に交わした会話を思い出し、エレンは硬直する。
「ま、待てよ…本当にやるのかヒストリア!?」
「何よ…エレンだってやっちまえって言ったじゃない!」
「ありゃーリーブス会長の遺言ってか最後の冗談だろ!?」
当事者である二人にしか解らない会話が繰り広げられ、他の104期の面々は揃って首を傾げる。話についていけないのが不満なのか、「何事?」と焦った様子のミカサがエレンに詰め寄っている。
「いや、リーブス会長がヒストリアにさ…女王になったら兵長をぶん殴って『殴り返してみろ』って言え、って…」
「ははっいいなそれ!やっちまえよヒストリア!!」
あの時の仕返しに!と、コニーが囃し立てると、ヒストリアはやる気が出てきたのかグッと拳を握り締める。
しかしリヴァイ兵長の恐ろしさを身をもって体験しているエレンは及び腰だ。流石、躾られただけある。
「別に恨んでねぇんならやめとけよ…」
「こうでもしないと女王なんて務まらないよ!」
「いいぞヒストリア!その調子だ!」
あくまでも強気なヒストリアを、ジャンが鼓舞すると、長い廊下の先にリヴァイの姿が見えた。その隣には当たり前のようにシャオの姿もあり、談笑している二人の表情はいつになく穏やかだ。
実際リヴァイの姿を目にすると、ヒストリアの顔は強張る。
「ほ、ほら…いい雰囲気なんだからやめとけよ」
な?と、エレンは何の気なしにガシッとヒストリアの肩を掴む。
その瞬間、ヒストリアの体はぶわっと熱くなった。
「!!」
弾かれたようにエレンの手を払い、顔を真っ赤ににて此方を見上げてくるヒストリアを、エレンは呆然と見下ろす。え、俺何かしたっけ?と目を白黒させるエレンには構っていられず、ヒストリアはその勢いのまま駆け出した。
一直線に向かうのはリヴァイ兵士長の元。
「あぁあああ!!」
叫びながら走ってくるヒストリアに驚いたシャオは目を丸くし、その隣でリヴァイは無表情のままヒストリアを見据えている。
怖い。けど、ここまできたらやるしかない。
「あぁ!!」
掛け声と共に、ヒストリアはリヴァイの左肩をポカッと殴った。
「「「!!」」」
「ぷっ…!」
「ひ、ヒストリア!?ななな、何してるの!?」
本当にやった、と愕然とする104期生達(うち一名は噴き出している)、突然の襲撃に慌てふためくシャオ、依然として無表情のリヴァイ。反応は三者三様だ。その異様な雰囲気の中、ヒストリアは半ば自棄糞で叫ぶ。
「ハハハハハ!どうだー私は女王樣だぞー!?文句あればー…「ふふ…」
大根役者よりも酷いヒストリアの台詞を掻き消したのは、世にも珍しいリヴァイの笑い声。聞き慣れないその声色にピタリと動きを止めたヒストリアは、まじまじとリヴァイの顔を見上げる。
夫婦は似てくる、と言うが、この瞬間のリヴァイの微笑みは、シャオのそれによく似ていた。
「…お前ら、ありがとうな」
自分やエルヴィンを信じてついてきてくれた、まだ幼い仲間達に。
よくやった、と労いの言葉を投げ掛けるリヴァイの姿を見つめ、シャオは涙を堪えるのに必死だった。
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