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生まれて初めての白粉。
生まれて初めての口紅。


生まれて初めての、化粧。



椅子に腰かけるヒストリアは、柔らかく微笑みながら自分に化粧を施してくれるシャオを、じっと見つめていた。


二人きりの部屋のなかはとても静かだ。それなのに、この静寂を嫌だとは思わない。




「ヒストリア、すごく綺麗!」




そう言うシャオさんの方が綺麗、と、ヒストリアは返したかったが、言葉にはならなかった。


昨夜、非番の筈のリヴァイが、エルヴィンを訪ねて姿を現した。戴冠式の流れを確認している最中だったので、その場にはヒストリアも居合わせた。兵服を着ていないリヴァイは一瞬誰か解らない程普通の青年で、ヒストリアはそれは驚いたものだ。

そして、ゆっくり休めたか、というエルヴィンの質問対し、リヴァイは隠すことなくさらっと答えたのだ。シャオと二人で結婚指輪を買いに行ってきた、と。




「…いいなぁ」




「へ?何がいいの?」




思わず口をついて出た本音が、シャオの耳にも届いていたらしい。


丁寧にヒストリアの髪をとかすシャオは、疑問符を浮かべ、ヒストリアの顔を覗き込むと、彼女は浮かない顔をしていた。緊張のせいかと思ったが、どうやらそうではないようだ。




「…ヒストリア?私でも…話、聞くくらいは出来るよ?」



「…シャオさん。私…」



「うん」




白いドレスを握りしめ、ヒストリアは胸のうちを告白する。




「エレンのことが好きなの」




気持ちを言葉にしてしまうと、もう抑えきれなかった。


『けど、今のお前はなんかいいよな!』



隠れ家にて向かい合わせに座り、初めて二人きりでゆっくり話をした。そして私を普通のヤツだって言って笑ってくれた。



『俺は…いらなかったんだ』



訓練兵時代から巨人を駆逐するって息巻いていたエレンが、涙を流して弱さを見せた時には、彼を助けてあげたいと思った。すぐに駆け寄って、そんなことないよって抱き締めてあげたくなった。




「私……エレンのことが好き」





泣いては駄目だ。折角化粧をしてもらったのに。涙が溢れないようにヒストリアは上を向く。



もし自分に女王という役割がない普通の兵士だったら、エレンと共に生きる未来も、可能性としては存在しただろう。しかし王冠を被った瞬間に、その可能性はゼロになる。


そう、あと一時間後には。


ヒストリアの告白を、シャオは黙って聞いていた。



「でも、私は女王になる。壁の中、全ての人々を平等に愛する女王に。だからエレンを特別に想えるのは、あと一時間だけ」




「…どうして?」




突然、シャオがぽつりと疑問を口にしたので、ヒストリアは視線を彼女に向ける。難しい数式を解いている最中のような顔をして、シャオはヒストリアを見つめていた。




「何でヒストリアは、エレンのことを好きでいちゃダメなの?極端に言えば、エレンと付き合っちゃっても良いんじゃない?えらい人達には内緒で」




「つ、付き合っちゃうって…!」




何てこと言うんだこの人、と慌てるヒストリアを見て、シャオは笑う。




「ヒストリアは女王様になっても、私達にとっては同じ調査兵団の仲間なんだよ。その関係性は変わらないよ、きっと。だからエレンとも、他の104期の子達とも…これからも仲良くしてあげて?」




何でもないことを話すみたいに、シャオがそう言うので、ヒストリアの肩の力が抜けた。


公の場ではしゃんとしないといけないが、それ以外の場面では…今まで通り。


今まで通り、皆と接して良いんだ。



自分に言い聞かせるように心の中で呟き、ホッと安堵の溜め息を溢すヒストリアを、シャオは慈愛に満ちた瞳で優しく見つめていた。








ーー…その約一時間後。


王都・ミットラスにて戴冠式が執り行わた。


影の王である父親の暴走を自らの手で鎮めた少女を、民衆は既にこの壁の真の王だと認めている。


そして多くの民衆に見守られながら、ヒストリアは女王として即位した。


それはシガンシナ陥落から5年後、850年のことである。

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