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落ち着いた色の瞳が揺れている。
リヴァイは涼しい顔をしているが、内に秘めている感情は炎のように熱いのだろうと感じ、シャオはじっとその瞳を見つめていた。


何か言おうとしては口を閉じる、普段のリヴァイからは考えられない姿を前にして、シャオの胸に温かいものが芽生えた。

話せるようになるまで、いつまででも待っててあげようと。


椅子の上で膝を抱え、シャオは僅かに微笑み、体ごとリヴァイの方を向く。



「俺は」



意を決して放たれた言葉は、またすぐに途切れてしまう。何かを伝えようと必死になっている彼の姿を見ていると、胸に芽生えた温かいものの正体が次第に明らかになっていく。


続きを促すようにシャオは微笑みながら首を傾げた。

急かすことはせず、ただ静かに耳を傾けてくれるシャオを目の前にして、リヴァイは秘めた想いを告げようと心に決めた。
僅かに目を伏せて、目の前の彼女にだけ聞こえる声で、リヴァイは言った。




「お前と、生きていきたい」




ーー…この温かいものの正体は。

愛しさだ。




シャオがそう気付いた瞬間に、二人の関係は今までとは違う形に変わる。


耳の奥にじんと響いたリヴァイの声を、シャオは目を閉じて頭の中で何度もリピートした。

俺はお前と生きていきたい。

なんて素敵な告白だろう、とうっとりすると共に、それが他でもない自分自身に向けられたものだと思うと照れ臭くて頬が赤くなる。

絵本で読んだお姫様でさえも言われていない一言を、今、この現実でシャオは聞いた。

黙り込んだままのシャオの顔色を窺うようにリヴァイはちらりと目線を向ける。この時シャオは言葉も出ない程の感動にうち震えている最中だったのだが、リヴァイには彼女が返答に困っているように見えたのだ。無理もない、彼女よりも10歳も歳上で調査兵団の兵士長を務める自分が、まだ、20歳になったばかりの一般兵に告白したのだから。



「…お前が、もし」



静かに語り始めたリヴァイの横顔はとても綺麗だった。あぁ、この人はこんな顔をしていたのだと今更ながら気付く。



「迷惑だと言うなら断ってくれて構わない。俺は今までと同じように接するし、お前を虐めたりはしねぇから安心しろ。ただ、これまで通り壁外調査では俺の後ろにつける。これも変わらねぇ」



想い合う仲になれなかったとしても、リヴァイはシャオを護る為に全力を尽くすつもりだ。仕事に公私混同はしない、きっちりとした性格のリヴァイが、初めて私情を持ち出したのが、シャオリー・アシュレイの存在だった。

世にも珍しい、あのエルヴィンの虚を突かれた顔がそれが如何に異例であるかを物語っている。



「だが、もし…お前が俺を受け入れると言うのなら」



リヴァイの鋭い双眸がシャオを貫く。




「お前の心臓は俺に捧げろ」




公に捧げた筈の心臓を、リヴァイの為だけに。



「お前の心臓はお前だけのもんじゃなくなるって事だ。勝手にその辺でのたれ死ぬ事も汚ぇ巨人の餌になることも許さない」



リヴァイが望む事はただ一つ。
彼女が自分の傍らで生きている事だ。


言いたい事は全て言った、とでもいう風に、リヴァイは小さく息を吐く。

シャオは暫く無言を貫いていたが、やがて薄く色付いた唇を開いた。



「…私、ずっと、心配してたんです」



ポツリと呟いたその声の続きを、視線だけでリヴァイは促す。



「皆の期待を一身に背負って、誰よりも強くあり続ける兵長が…弱い部分を見せられる場所って、ちゃんとあるのかなって」



リヴァイは兵士長として完璧だった。絶対的な強さを誇り、人に弱味を一切見せない。それは壁の中の人間が求めるリヴァイの理想像であったし、現にリヴァイは人々の理想通りの男だった。



しかし、シャオはリヴァイにそんな姿を求めてはいなかった。



ーーー…きっと、初めて言葉を交わしたあの日から。




「もし兵長にとって、私が…。私が、鎧の紐を解く場所になれるのなら……」




込み上げてくる愛しさを堪える事が出来ず、大粒の涙が頬を伝う。静かに涙を流したシャオを見て、リヴァイは瞠目し、ガタリと椅子から立ち上がる。


しかし、リヴァイは言葉を発する事が出来なかった。


溢れ出る涙を拭うこともせず、不意に彼女が笑ったからだ。それはあの日リヴァイの心を掴んだ、花のような微笑みだった。





「…嬉しいです…!私を兵長のお傍に置いてください…!」





そう言い切った後で、シャオは顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。

好きだ。好きだ、この人が。ハンジさんの部屋で初めて会話をしたあの日から。ずっと。あの日以来、自分を何かと気にかけてくれるようになったリヴァイ兵長を、私はずっと好きだったんだ。兵士として生きると決めて、死ぬまで恋愛とは無縁でいようと誓ったのに。私はこの人を好きになってしまった。
ごめんなさい。ごめんなさい、お母さん。


濁流のように脳裏を駆け抜けていく感情は、シャオの視界を歪ませる。


泣き続けるシャオの頭に手を置き、リヴァイは無理矢理彼女の顔をこちらに向けさせた。それに抵抗する素振りは見せず、恥ずかしげもなく泣き顔を晒すシャオを、リヴァイはフッと緩んだ目で見下ろす。



「…お前を泣かせるっていうのも案外…悪くねぇな」




ぐいっと親指で少々乱暴に涙を拭ってやり、泣き顔ですら可愛く思えてしまう自分に驚きながらも、リヴァイは彼女の唇にそっと自分のそれを落とす。


二人の初めてのキスは、僅かに触れ合うだけの、とても優しいものだった。

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