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つい先程までハンジが座っていた席に腰を下ろし、リヴァイは幸せそうに寝息を立てているシャオの肩を揺らす。



「おい、起きろ」



リヴァイにしては優しい起こし方だ。これがハンジだったら脛でも蹴っていたかも知れない。
しかしひと声掛けられただけでは熟睡しているシャオは目覚めず、瞼はしっかりと閉じられたままだった。



「シャオ、部屋に戻れ」




伏せられた長い睫毛を見て、リヴァイの声は幾分優しくなる。肩を揺らすのはやめて、リヴァイは彼女の髪を撫でた。さらさらと指の間を通り抜ける髪は柔らかく、ほのかに甘い匂いがした。


リヴァイは顔を近付け、再度耳元で声をかける。




「おいコラ、さっさと部屋に戻んねぇと犯す」




ドスの効いた声で言ってやると、素直なシャオはパッチリと目を開けた。突然ガバッと上半身を上げ、すいません!と叫んだので、それに驚いたリヴァイの方が目を見開く。

水を打ったような沈黙が部屋に訪れた後、我に返ったシャオの目はいつの間にか隣の席に居るリヴァイに向けられる。



「…あれ、ハンジさんがいない…」



「お前…びっくりしたじゃねぇか、酒で頭イカれたか?」


「さけ…酒!?」


パッとテーブルの上に置かれた酒瓶に目を移し、またリヴァイに視線を戻したシャオの顔は青い。さっきまで真っ赤になってた癖に忙しない奴だな、とリヴァイは眉間に皺を寄せる。

シャオは自分が酒に酔って眠ってしまったことを漸く思い出し、捨てられた仔犬のような顔で項垂れる。



「すみません兵長!お見苦しい所をお見せして…さっさと部屋に戻ります!」



言いながら勢いよく立ち上がった為、椅子がガタンと音を立てて倒れる。騒々しい彼女にいつもの仏頂面を向けると、ハの字に眉を下げたシャオと視線がぶつかる。

リヴァイは無言でグラスに水を注ぎ、それを彼女に差し出す。そして倒れた椅子を戻してやり、座るように促した。



「気持ち悪くねぇか」



「はぁ…平気です」



促されるまま水を飲み、椅子に腰かけるシャオはどこまでもリヴァイに従順だ。怒られるかと思っていたが、兵長の纏う空気が柔らかい事に気付き、シャオの緊張は瞬く間にとけていく。



「こんな酒で酔い潰れるたぁ、まだまだガキだなお前は」



「…私、お酒より紅茶の方が好きです」



ガックリと項垂れてぼそりと呟くシャオを見ると笑いが込み上げてくるが、感情を表に出さない癖がついているリヴァイは無表情のままだ。

足を組み、綺麗に磨かれている床に視線を落とし、独り言のように呟く。



「紅茶か…なら、来年は菓子でも買ってきてやる」



その言葉にシャオは瞬くと、彼女にしては珍しくぎこちない笑みを浮かべた。

来年の約束なんて出来ない。
守れないかもしれないから。

日の光のような笑顔が曇った理由は、同じく兵士として日々命懸けで闘っているリヴァイには瞬時に見通せた。それでも敢えて、言葉にして、訪れるかも解らない未来の約束を交わした。



「迷惑か?」



返事に困っているシャオを見て悪戯に問い質せば、彼女は勢いよく首を左右に振る。ついさっきまで酔っ払っていたのにそんなに頭を振って大丈夫なのだろうか。



「迷惑な筈がありません、兵長…ありがとうございます。来年、また…こうして…」



「死なせねェよ」



言葉に詰まるシャオを前に、リヴァイの口は勝手に動いた。自分も思いのほか、酔っているのかもしれない。ハンジと大分瓶を空にした筈だ。

普段は決して紡ぐことはない、本当の気持ちがするすると溢れていく。

何故だろう。彼女の前だとリヴァイは人類最強の兵士長という皮を脱ぎ、ただの男になってしまうのだ。



「お前のことは死なせない。だから俺の傍に居ろ」




鋭いアッシュグレイの瞳を向けられて、静かに、でも強い意志を持って告げられた一言に、シャオは目を丸くする。元々大きな目が更に大きくなり、その瞳の奥に吸い込まれてしまいそうだ。


シャオは必死で、告げられた言葉の意味を考えていた。傍に居ろ、とは。ただ単に長距離索敵陣形の時の事を言っているのか、それともまた違った意味も含むのか。いいや、何を自惚れているのか、この前の壁外調査の時のように自分の後ろに付いて支援しろという意味に決まっているのに。


ー…なにを期待している?


段々と冷静になってきたシャオは、漸くいつも通りの笑顔を見せて頷いてみせる。


それを見て今度はリヴァイが眉をひそめた。



「…待て。何に対しての返答だ、お前話通じてんのか?」



「えっと…多分、はい」



「言ってみろ」



「え?」



一瞬にして不機嫌になったリヴァイに戸惑いつつ、シャオはキョトンとしたまま答える。



「この前みたく壁外調査では兵長の後ろに付いてろってことだと…金魚のフンみたいに」



シャオの答えを聞きリヴァイは深い溜め息を吐く。その答えはどうやら間違いだったらしい。呆れた様子で椅子に凭れるリヴァイの顔色を、シャオは情けない顔で窺っている。



「…まぁ、それも間違っちゃいねぇが」



はぁ…」



壁外調査では自分の後ろにつける。今後もそのつもりだ。エルヴィンには正直に理由を話したのだから。



「………」


「………」



気まずい沈黙が流れる。思えばリヴァイから想いを伝えるのは初めての事で、言葉が見つからない。
男が女を口説く時の台詞なんて、リヴァイは知らないのだ。

自分にすり寄って来た過去の女たちは、何て言って来ていただろう。女に想いを告げられた経験なんて腐るほどあるのに、リヴァイは何ひとつとして覚えていなかった。女の顔も、声も、言葉も。


シャオはそんな女達とは違う。ただ夜伽をさせただけの女達とは、全く別の感情を抱いている。自分から手を伸ばし、傍に繋ぎ止めておきたい存在だ。


この気持ちを伝えるには、どうすればいい。

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