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ベルトを外し終えたシャオを、ヒッチは上から下までねめつける。そして背後からリヴァイの視線を感じながらも恐る恐る口を開いた。




「…あなたも、調査兵だったんですね…」



天使の顔を持つこの人は、巨人を相手に壁外へ飛び出していくような野蛮な人種だったらしい。全く、人は見かけによらない。



「へ?」



突然矛先を向けられきょとんとするシャオを見て、余計に苛立ったのか、ヒッチは更に声を荒げる。



「あなた達のせいでストヘス区の人民が100人以上も死んだのを知ってますか?」




「………、」




「あなた達は自分が正義の味方でもやってるつもりなのかもしれませんが、あの街の被害者やその家族は突然地獄に墜とされたんですよ!?」



ヒッチが言っているのはアニ拘束作戦の時のことだ。シャオが古城にて療養中の出来事だったので直接見てはいないが、巨人化したエレンとアニが街中で闘い、周辺の建物が倒壊し多くの被害が出たとは聞いている。無数の命と引き換えに、調査兵団はアニを捕らえることに成功したのだ。


初対面の少女に刃のような敵意を向けられ、シャオは思わず後ずさると、後ろから足音を立てずリヴァイが近付いてくるのが視界に入る。凄い剣幕だ。




「あんまりソイツを虐めてくれるなよ、チンクシャ女」



「ちっ…!?」



自分にそれなりの自信があったヒッチは、初対面の男に"チンクシャ"と称され、頭が沸騰しそうになった。

顔のつくりに順位を付けるとすれば憲兵団の中でも上位だと思うし、今日組むことになったマルロだって自分のことを好きに決まっている。
黄金色に輝く髪、ぱっちりとした猫目を持ち、今日だって綺麗に化粧をしてきたのに、容姿を貶されるなんて。こんな屈辱は生まれて初めてだ。
顔を見るだけでヒッチの心の声が聞こえてくるようだが、リヴァイは発言を撤回したりはしない。



「態々テメェに言われなくても知ってんだよ、そんなことは」



自分の顔を飾り付けることに必死なヒッチに対し、シャオは化粧を殆どしていない。唇が荒れるのは嫌だと何か塗っているのはリヴァイも見たことがあるが、それでも唇がほのかに色付いているだけだ。
傍に居るのが当たり前になり忘れかけていたが、こうやって比べてみると、やはりシャオは美人だと、リヴァイは改めて思う。

不遜にも下から睨み上げてくるヒッチを忌ま忌ましく思いながらも、リヴァイは手にしたままの手帳を読み進めていく。そしてこの二人が共に104期の新兵であること、所属もストヘス区のみだということがわかった。



「フン…相変わらず新兵ばかりに仕事が押し付けられる風習は健在らしいな」



「やっぱり、エレン達と同期なんですね」



そう言ってシャオは二人に柔らかく笑いかける。自分は兎も角、敵意剥き出しのヒッチにも心を開こうとする彼女の姿に、マルロは感心した。ここでエレンやジャンのようにシャオに好意を抱かなかったのは、マルロはシャオよりもリヴァイに関心を持っていたからだ。



(リヴァイ兵長…本物だ…!!)



ごくりと唾を飲み込み、マルロはまるで正義のヒーローを見るかのような眼差しをリヴァイへ向けている。元々憲兵団に入ったのも『腐敗した憲兵団の風習を正すため』という熱い志望動機があったためであり、マルロ自身は正義感の塊だ。命を懸けて人類を救おうとする調査兵団は、彼にとって尊敬に値する兵団なのだ。



二人から剥ぎ取った団服やマントをミカサはいそいそと身に付ける。近くの見回りから戻ってきたジャンもそれに倣う。




「ジャン、あなた達と同期だって」



「え?あ、そう…なのか」



嘗ては憲兵団に入団すると豪語していたジャンも、今では立派な調査兵団の一員だ。盾とユニコーンの紋章を見てもピクリとも心が動かない。ジャンは憲兵のマントを着た姿をくるりと回ってシャオに見せびらかしてみると、彼女は「似合わな〜い」と言って笑った。

巨人に立ち向かっていく調査兵団だとは思えない彼らが醸し出す和やかな雰囲気と、憧れのリヴァイ兵士長。


それらを目の当たりにして、マルロの唇は勝手に動いた。




「リヴァイ兵士長…あなた達が間違っているとは思えません…本当に調査兵団がリーブス商会を…民間人を殺したんですか!?」



「あ?会長らを殺したのは中央憲兵だが…何が事実かを決めるのはこの戦に勝った奴だ」



何やら切迫した様子で問い掛けてきたマルロに、リヴァイは静かに真実を伝える。


返ってきた答えを聞いて、マルロは失望した。
リヴァイが嘘を吐いているようには思えない。寧ろ、その逆だ。憲兵団に入団してまだ間もないが、あそこが塵溜めのような場所だということは身をもって解っていた。嘘を吐いて調査兵団を亡きものにしようとしているのは、自分が所属している腐った兵団だ。


ギリリ、と歯を食い縛り、マルロは覚悟を決めた。





「俺に協力させてください!!この世界の不正を正すことができるのなら俺は何だってやります!!」





「…はぁ!?」




真っ赤な顔で胸の内を明かしたマルロと、突然の仲間の裏切りに顔を青くさせるヒッチ。二つの対照的な顔を交互に見下ろし、リヴァイは眉をひそめる。




「…何だお前は?」




明らかに訝しんでいるリヴァイを地面に膝をついたまま見上げ、マルロは更に捲し立てる。




「俺は調査兵団に協力したいんです!」




正直に真っ直ぐな気持ちをリヴァイにぶつけているマルロを見て、ジャンは口をぽっかりと開けていた。今ジャンの目にはマルロではなく、エレンが映っていた。訓練兵時代から馬が合わず、ことあるごとに衝突していたあの死に急ぎ野郎。


マルロは、エレンにそっくりだった。

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