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拳を使うのは好きじゃない。手が汚れるからだ。なのでなるべく暴行には足を使う。しかし、今回の拷問はまずニックの受けたメニューをやり返すことにあったので、始めにサネスの顔が変形するまで殴打する必要があった。
手袋をはめた手でリヴァイはサネスを容赦なく殴り付ける。
顔がボコボコに腫れ上がった頃、漸く拳を下ろした。
「…ニックが受けたメニューってのはこんなところか」
手袋についた血を拭きながら、リヴァイは無表情でそう言う。こんなことをしているのに、心は全く動じていない。
「サネス、見てくれ!」
この場にそぐわない弾んだ声を上げるのはハンジだ。人間の拷問は初めてで緊張してる、と言っていた割に、先程彼女が剥がしたばかりの10枚の爪を皿に乗せ、苦笑しながらそれを本人に見せている。
「いや〜なかなか難しかったよ。やってるうちにコツを掴めてきたんだけど…ごめん!サネスほど上手くは剥がせなくて」
一体何枚剥がせばあんなに上手くなれるの?なんて興味深そうに尋ねるハンジを横目で見て、リヴァイは手を拭いたタオルを棚の上に置く。
「…おいハンジ。初めてにしては上出来だな…お前には拷問官の才能があるらしい」
「はは、全然嬉しくないけど有難う。あなたは…辛そうだね、リヴァイ」
「…何だって?」
怪訝な表情でハンジを見返すと、彼女は目を合わせることなくリヴァイに言う。
「リヴァイは見てるだけでいいよ…あとは私がやるから。どうやら向いてるみたいだし」
一切顔色を変えることなくサネスを拳で痛めつけたリヴァイだが、長年側で彼を見ていたハンジには解る。
リヴァイはシャオに出会ってから変わった。
シャオの穏やかで優しい雰囲気に引っ張られるが如く、それまで彼を纏っていた張り詰めた空気が幾分か和らいだ。とは言っても、それはハンジやエルヴィンだから解るような微々たる変化だ。
彼の手は、シャオの手を握り、シャオの髪を撫で、シャオを導く手だ。これ以上汚させてたまるか。汚れ役は、愛し愛される存在がいない自分が引き受けるべきだと、ハンジは思ったのだ。
しかしリヴァイは、そんなハンジの申し出を剣幕で断る。
「おいおい、調子に乗るなよクソメガネ…ここからが本番だ。小便チビっても知らねぇぞ」
「…はいはい。私は助手役に徹するよ」
ヒラヒラと手を振りペンチを握るハンジを眺めてから、リヴァイは冷酷な表情を作りサネスに近寄った。
「そろそろ拷問を始めよう…いいか?質問に正確に答えなければお仕置きだ」
こんなふうに、とリヴァイは片手でサネスの鼻の骨を折る。ベキッ、という音と共に大量の鼻血が吹き出した。余程の激痛だったのか、悲鳴は声にならない。
「レイス家とは何だ?」
その質問を聞いて、サネスの左目が泳ぐ。因みに右目は既に潰されており機能していない。
「公には王家との繋がりは浅いとされる、どこの田舎にもある貴族家の一つ。そんな一家系になぜ壁の中の巨人やらを公表する権限がある?知っていることをすべて言え」
「はッ…」
極限の状況にありながらも、サネスは笑った。
そして叫ぶ。
「お前らほどーーお前らほど!!楽しそうに人を痛めつける奴は見たことがねぇ!!」
淀んだ空気を払い除けるかのようにサネスが吐き出した台詞を聞いても、心を殺した二人は動じない。
「質問の答えになってないね。お仕置きだ」
無理矢理口を開かせて、ハンジはサネスの口の中にペンチを突っ込む。虫歯じゃないやつが抜きたいな、と言って、力任せに歯を一本引き抜いた。
「ッ〜〜〜」
その痛みにサネスは生理的な涙を流す。
「オイ…喋れなくなっちまうだろうが。あまり抜くなよ」
「まだいっぱいあるだろ」
目の前で交わされる二人の呑気な会話を聞いて、サネスの精神は崩壊寸前だった。左目を思いっきり見開き、不様に涙を流しながら訴える。
「やれよ!!もっと!!お前の大好きな拷問を続けろ!!暴力が好きなんだろ!?お前らは正義の味方なんだから遠慮する必要は無いんだぜ!?」
ハンジの手はまだ動かない。リヴァイもじっとしたまま、サネスの発言を許している。
「お前の言った通りだハンジ!!仕方ないんだ!!正義のためだ!!そう思えりゃすべてが楽だ!!自分がすごい人間になれたと思えて気分が高揚するだろう!?」
ボタボタと彼の口からは血は流れる。
「お前ら化け物だ!!巨人なんかかわいいもんだ!!でも…俺は怖くねぇんだよ!!
俺は…!
俺には……
王がいる……
何年も…仲間と一緒に王を守ってきたんだ……」
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