下肢の痛みを引き摺りながら徒歩で屯所に帰ってきたソーコは、後ろからついてきた銀時を振り返ることなく、見張り番に会釈だけして中に引っ込んだ。

誤解だかんな、と最後に一言だけ声を投げ掛けられたが、それに返事をすることもなかった。


「あの、沖田隊長…いいんですか?」


何やら不穏な気配に見張り番は固まっていたが、門閉めてくだせェ、とソーコが呟けば、急いで彼女の言うとおりにした。背後から門が閉まる音が聞こえ、そこでやっとソーコは泣きたくなってきた。

旦那と付き合ったのは最近だ。
それ以前に旦那が他の女を抱いていたとしても、何の問題もないし、寧ろそれは当然のことだ。
大人なんだから。

しかし頭では解っていても実際に他の女の影を目の当たりにすると、嫉妬心を隠し切れなくなってしまう。

隊士達は皆それぞれの任務に出ているようで、がらんとした屯所内には人の気配がない。
廊下を早足で歩いている間に、堪えきれなくなった涙が頬を伝った。


最悪だ。
昨夜はあんなに幸せだったのに。


顔を見られないよう俯いて角を曲がろうとしたら、向こう側から歩いてきた誰かとぶつかってしまった。
咄嗟に顔を上げるとそこにはオレンジがかった金髪のアフロがあり、その持ち主である男は涙を拭うこともしないソーコを目を見開いて見下ろしている。
三番隊隊長・斉藤終。真選組の内偵調査を職務とする、沈黙の部隊だ。



「あァ、終兄さん…すいやせん、ぶつかっちまいました」


瞳からポロッと涙が零しながらも、ソーコは口元に笑みを浮かべ、謝罪しながら頭を下げる。その痛々しい姿を目にして、斉藤は息を呑む。
ふらふらと自室に向けて歩き出す彼女の背をただじっと見送った。


ソーコとは武州時代からの仲だ。

とは言っても斉藤は極度の人見知りな為、会話を交わしたことはないが、ソーコは何故か自分になついており、時折部屋に訪れては適当に話をして去っていく。
斉藤自身も本心では誰かと会話を楽しみたい人間なので、ソーコのような存在は大切であったし、幼い頃から知っている彼女がどんどん美しく成長していくのを見るのもまた楽しみになっていた。


そのソーコが泣きながら帰ってきたというのに、放っておいて良いのだろうか?


そんなことは出来ない、と斉藤は自分に言い聞かせ、覚悟を決めてソーコの手首を掴む。


「!」


驚いて振り返ったソーコの大きく見開かれた瞳を見て、やっぱり止めておけばよかった、と怯んだが、もう遅い。



「「………」」



気まずい沈黙の時間が二人の間に流れ、咄嗟に掴んでしまったソーコの手首を恐る恐る離そうとすると、もう泣き止んでいたソーコが「終兄さん」と口を開いた。

名を呼ばれ、焦りながらもまじまじとソーコの顔色を窺えば、そこにはいつも通りの凛とした表情の一番隊隊長が居た。



「アンタ、手先器用でしたよねィ?」


突拍子のないことを聞かれ、硬直してしまう斉藤に構わずソーコはずけずけと付け入る。


「あたいの髪切ってくれません?伸びちまって、邪魔なんでィ」


女性の髪を切る。など、斉藤にはレベルが高すぎるミッションで、両手を顔の前でぶんぶんと振り、それは出来ないの意を示したが、ソーコは聞かない。


「部屋、こっちでさァ」



今度はソーコが斉藤の手首を引っ張り、ぐいぐいと自室へ連れ込んだ。

物が少なく閑散とした自室で、鋏と白い風呂敷を用意したソーコは、その風呂敷を纏うと座布団の上に正座する。そして未だ部屋の前で立ちすくんでいる斉藤を振り返り、鋏を突き出した。



「さ、切ってくだせェ」



彼女の有無を言わせない声色に胃が痛くなってくる。忍び足でソーコの後ろに回り、震える手で鋏を受け取ると、「どんなにされても文句言わねぇんで」と彼女は言った。
鏡台に写るソーコは、いつの間にか大人の女の表情をしていた。

さらりと櫛で髪をとかしてやる。
細い金糸は素直に流れた。

斉藤は髪を一房掴むと、恐る恐る鋏を構え、ちょきん、と切った。毛先から1センチくらいしか切れていないが。

鏡越しに不服そうな眼差しを向けてくるソーコに気付き、斉藤は慌ててもう少し長めに切った。
顎の下辺りの長さまでになると、大分印象が変わる。そのまま切り揃えていくと、少し幼さの残るショートボブになった。


「さっすが、上手ですねィ」


ソーコは満足そうな顔をして鏡の前でクルリと回っている。気に入ってくれたようだ。
斉藤はホッとして落ちた髪の毛の処理をしていると、ふと此方を無防備に見つめてくる大きな瞳に気付き、一歩後退る。



back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -