「有り難う、終兄さん」


目と目を合わせてきっちりと礼を言うソーコに斉藤は左右に大きく首を振って答える。

柄にもなく鼓動が高まり、このままでは命の危険すら感じたので、そそくさと部屋を後にする。


人付き合いが苦手な自分が誰かに恋愛感情を抱くなんてことは、天地が引っくり返っても有り得ない事だと思っていたが。
毎日のように顔を合わせ、取っ付きにくい自分にも欠かさず挨拶をしてくれるこの女のことは、どうしても気になって仕方がないのであった。




◇◆◇◆◇◆


最悪な気分でスナックお登勢に戻ると、赤ん坊を囲ってあやす連中の姿が目に入り、更にドン底に落とされる。
このままでは本当に収拾がつかなくなる、と危機感にかられた銀時は、赤ん坊をかっさらうと行き先も決めずに駆け出した。
後ろから呼び止めようとする神楽と新八の声が聞こえてきたが、構っている暇はない。


とりあえずこの赤ん坊を警察にー…と思ったが瞬時にその考えは斬り捨てる。真っ先に思い浮かんだのは冷ややかな目で此方を見るソーコと、文字通りの姿になった鬼副長だ。
自ら墓場に飛び込んでいく真似は出来ない、と足を止め、いつの間にか迷い込んだ路地裏で深い溜め息を吐いた。


腕の中の赤ん坊は、呑気に此方を見上げている。


「お前ホントに俺の息子じゃねーだろう。オイ、おめーの本当の親はどこにいるんだ?」


無意味だと解っていてもそう聞かずにはいられない。しかし当たり前のように赤ん坊は反応を示さず、銀時は途方にくれる。


その時だった。


突然笠を被った浪士たちが銀時の四方をぐるりと囲む。


「貴様か、勘七郎さまを誘拐したのは」


「あの女と共謀して橋田屋の財産を狙うつもりだな?」



しかし物々しい雰囲気を前にしても銀時は冷静であった。
浪士たちの中で一際殺気を放つ男を見つけると、その男が頭だと瞬時に悟った銀時は、赤ん坊を左腕に抱えたまま木刀で居合い抜く。その間、僅か数秒。

銀時としては久々に本気を出したのだが、その剣は間一髪で受けられてしまう。



「…面白い喧嘩の仕方をする男だな。護る戦いに慣れているのかィ?」



力は同等らしく、銀時の木刀を受ける刀が震えている。しかし笠から覗き見える口元は嗤っていた。



「お前らのような物騒な連中に子育ては無理だ。どけ、ミルクの時間だ」


そう言ってやると編笠の男は喉を鳴らして笑い、刀を引っ込めた。その不気味な様相に銀時は眉をしかめるが、男は銀時を逃がすように道を開けた。


不可解な行動に疑問符を浮かべながらも、この機を逃さないよう、片腕に赤子を抱いた銀時は駆け出した。


「岡田ァァ!!貴様何をやっているかァァ!!」
「追えェェ!!」
「逃がすなァァ!!」


背後には浪士共の怒声が飛び交う。
バタバタと此方に向かってくる足音を聞きながら、さっきの編笠の男は岡田というのか…とぼんやりと記憶する。

さて、この窮地を救ったのは意外な人物であった。



「!」


右も左も解らず一心不乱に逃げ回っていた銀時の目に入ったのは、一人の乞食僧。随分と見馴れたその姿に、反射的に身体が動く。
乞食僧は一瞬で銀時を後ろの廃物処理場に隠すと、何事も無かったかのように元の格好に戻る。


浪士共が去った後、後ろに隠したかつての同志に合図を送る。



「オイ、行ったぞ」



乞食僧に扮した桂小太郎のその声で、不満げな表情を浮かべた銀時がひょこっと顔を出した。
さっき、あの浪士は誘拐だなんだと言っていなかったか。誘拐した覚えはないが、今腕の中に居るこの赤ん坊が“勘七郎”だとすると…いつものごとく、厄介事に巻き込まれてしまったらしい。



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