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ベンチに隣同士に腰かけて、漸く落ち着いたのかソーコは深く息を吐く。銀時はベンチに背を預け、雲ひとつない青空を見上げる。
春の空気は清々しく、気持ちが良い。
子供達の笑い声、それを見守り談笑する母親達の声。このくらいのざわめきがあった方がソーコも話しやすいのだろう。
「そんでオッキー、話って何かな?」
今日は特別に何でも答えてあげまーす、とふざけると、「本当ですかィ?」とデートには似つかわしくない刺々しい声で問われる。
ヤバい、そういえばこの子ドSだったっけ。
ソーコがサディスティック星からやって来たことを思い出し、姿勢を正して向き合えば、いつも通りのソーコと目がバチッと合う。
あぁ、綺麗な目だ、と呑気に思った。
「じゃあ早速答えてほしいんですが」
「…な、何かな?」
「旦那って攘夷志士ですよねィ?」
まさかそんな話を持ち出されるとは思っていなかった銀時は虚を突かれ言葉を失う。ふざけた表情すら作れずにいると、追い討ちをかけるようにソーコは詰め寄ってきた。
「ターミナルの祭りで高杉に殺られそうになった時、旦那が助けてくれましたよねィ?」
あの日の記憶は一時的に失っていたが、後に新八から教えられた一人の女の名前によって、全てを思い出したのだ。
“エン”
高杉と銀時に共通する女の名前。
「あの日、高杉はあたいのことをエンって呼んだ。旦那もおんなじでさァ」
新八から聞いた話ではあるが祭りの後にその名前を呟きながら魘されるようになったこと、そして銀時が記憶喪失になった時、ソーコを見て開口一番に呼んだ名前。
思い出すだけでむしゃくしゃする。
心が泥々と黒い水に浸されているような感覚に陥る。
銀時が黙りこくってしまったのを見て、ソーコは余計に焦燥に駆られた。
反論して来ないということは、やっぱり、思った通りだったのだ。眉を下げて俯くと、銀時は無表情のままソーコを見据えて言い放つ。
「…取り調べですかァ?お巡りさん。
俺がどんな気持ちで誘ったと思ってんの?」
いつになく苛々している銀時の気配を感じて、ソーコは顔を上げる。見上げた先の銀時の目は、いつものように笑ってはいない。
ピリピリとした空気は伝染する。
ソーコも眉間に皺を寄せて、気の強い眼差しで見つめ返した。
「話は最後まで聞いてくだせェ。あんたが攘夷志士だろうと別にあたいはどうだっていいんでィ」
仮に銀時が本当に攘夷志士だったとして、過去に粛清の対象になった人物だと解っても、誰かに報告したりはしない。銀時には何度も助けて貰っているし、特別な感情もある。彼が何者だろうと構わない。
ソーコが銀時に訴えたいのはそんなことではなかった。もっと単純なこと。
「あたいが言いたいのは…」
言いかけて、口をつぐんでしまう。
伝えたいのに臆病になってしまうのは、想いを拒まれるのが怖いから。言いたいのに言えないもどかしさに、拳を強く握り締め、下を向く。
何かを伝えようとするソーコを、銀時は急かしたりはしなかった。足を組み、彼女の気持ちに整理がつくのを待っていた。
「…そいつじゃなくて、あたいを見てほしい、んでさァ」
辿々しく告げられた不器用な言葉に、銀時は頬を緩めると同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
高杉と対峙した際に、ソーコをエンだと信じて疑わない高杉に自分は、そこにいるのは沖田隊長だ、と言った筈である。それにも関わらず、自分自身も無意識の内にエンの姿を重ねてしまっていたことが、今目の前にいる彼女をこんなにも苦しめていたのだ。
断ち切れていなかった想いは足枷のようになり、自分を、そして彼女を傷つけていた。
「…旦那には、絶対、間違えてほしくねェ」
弱々しい声で呟くソーコを、抱き締めてやろうかと思ったが、ぎりぎりで思い止まって、頭にポンと手を乗せた。僅かに力を入れて、顔を此方に向ける。
ソーコは銀時から目を逸らし、あらぬ方向を見つめている。
「オッキー。ごめんな、悩ましちまって」
心から謝罪をすると、ソーコは泣きそうに顔を歪めた。そんな言葉が聞きたいんじゃない、と、心の声が聞こえてきそうだが、答えを急ぐべきではないので、逸る気持ちを落ち着かせて銀時は言う。
「エンっつーのは昔馴染みだ。オッキーの言う通り、俺は戦に出てたし高杉のことも知ってる。高杉が言うエンと俺の知ってるエンも同じ奴」
これがとんでもねぇじゃじゃ馬でさぁ、と、向かい合った身体をもう一度離して、背凭れに身体を預け、空を見上げて銀時は昔話を始めた。
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