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不安げに此方を見上げてくる子供に、ソーコはしゃがんで目線を合わせてやる。
「テメーら…ここには来るなって言ったろィ?」
自分でも驚く程掠れた声だった。
向かいにいる子供は鏡のように大粒の涙を流している。そう、鏡だ。
自分の軽率な行動がきっかけで、この子達の親を殺してしまった。
痛切にその現実を感じて、堰を切ったように溢れだすものを止める術が見つからない。
不安げに見つめる子供に、すまねぇ、と声にならない声を出して、ソーコはただ嵐が去るのを待った。
そんな中、おかっぱ頭の少女が、急にひょこっと顔をだして声をあげる。
「…に、兄ちゃん…兄ちゃんに頼めば何でもしてくれるんだよね?何でもしてくれる万事屋なんだよね?」
銀時は調査で廃寺を訪れた際、この子供達と会っている。適当に遊んでやると、子供達はすぐに懐いた。帰りに万事屋の名刺を道信に渡したのだが、その話もどうやら聞かれていたらしい。
何事かと銀時が顔を向けると、おかっぱ頭の少女は泣きながら叫んだ。
「お願い!先生の敵討ってよォ!」
一人の泣き声が伝染し、家中に子供達の泣き声がこだました。下の階に住むお登勢が驚いてやって来るかもしれない。しかしそこに居る誰もが、宥めようとしなかった。
「僕…知ってるよ。先生…知らないところで悪いことやってたんだろ?でもね僕たちにとっては大切な父ちゃん…立派な父ちゃんだったんだよ…」
好きなだけ泣けばいい。堪えきれない悲しみは、降り止まぬ雨と一緒に流してしまえばいい。
向かいに立つ子供の頭をたどたどしく撫でながら、ソーコもまた、その内の一人だった。
不意に頭をポンと叩かれ、ソーコは涙を流したまま振り返ると、優しい顔をした銀時がいた。視線はおかっぱの少女に向けられている。
「こーんな可愛い女の子泣かされて、黙ってる訳にゃいかねーな」
そう言ってニッと笑い、木刀を持って居間から出ていく。皆ポカンと銀時を見つめていたが、次第に笑顔になっていく。
「オメーらが言う仇討ちだ何だは俺は知らねェ。ただ…」
銀時は格好つけて木刀の先をソーコに向けた。
驚いて目を見開いているソーコには構わず、銀時は続けた。
「コイツのためなら何でもやるぜ。女泣かした悪ィ奴には痛い目見せてやらねーとな」
玄関先に腰を下ろし、煙草をふかしていた土方は、その声を聞いて立ち上がった。煉獄関にはこれ以上関わってはいけない。事態が更に悪い方向へ向かう可能性がある。万事屋の男の気持ちも解らない訳ではないが、心を鬼にして銀時の前に立ち塞がる。
「小物が一人はむかったところで潰せる連中じゃねーと言ったはずだ」
低い声で脅しをかけるが、銀時は憮然として土方の横を通り過ぎようとした。
「死ぬぜ」
短い言葉で追い討ちをかけると、銀時は動きを止めた。しかし、こんな状況でも相変わらず人をくったような笑みを浮かべている。
解せない。
何故死ぬと解っていながら立ち向かうのか。
ソーコのため?深く知りもしない間柄の女のために、何故自ら命を捨てるような真似をするのか。
「行かなくても俺ァ死ぬんだよ」
呟いた言葉の意味が解らず首を傾げる土方に、それ以上言葉を続けることはせず、銀時は玄関を出ていく。パタパタと足音を鳴らして、新八と神楽も追っていった。
行かなくても死ぬ…?
簡潔にまとめられた一言にどんな意味が隠されているのか考えようとしたが、それよりも先に大切なことを思い出して土方は居間へ向かう。
心配そうな眼差しを向けている子供達を掻き分け、土方はしゃがみこんだまま動かないソーコの傍らに寄り添う。
「オイ、大丈夫か?」
軽く肩を揺すると、ソーコはその大きな瞳を土方に向ける。涙はもう渇いていた。いつもの彼女の、気が強い目だ。
それに安堵すると、土方は立ち上がる。
取り敢えず今は、孤児達を屯所に送らなければいけない。
「ほら、立て。やる事ァまだ残ってんだ」
柄にもなく手を差し出してあげたが、ソーコはその手をとらずに立ち上がった。
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