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これは本人に聞いても解らないかもしれないが、聞いてみる価値はある。
新八は恐る恐る、ソーコに問い掛ける。
「あの…沖田さん」
「何でィ眼鏡」
思えばちゃんと会話をするのは今日が始めてだが、冷たい印象を受けていた一番隊隊長は、話してみると意外と普通の女の子だった。
「エンさんって人のこと、何か知ってます?」
「エン…?」
誰だそりゃ、と言いかけたところで、ソーコの頭に激痛が走る。キィンという電流が流れるような痛さだ。
顔を歪め落ち着くのを待っている間、ソーコの脳裏にある映像が流れた。
それはあの二ヶ月前の祭りの日、花火を見ようと登った廃ビルでの記憶。
毒を嗅がされ、身動きがとれなくなったソーコの目の前に現れたのはーー…
『暫く見ねぇうちに随分派手なアタマになったじゃねぇか』
ーー…高杉晋助。
そうだ。自分をこんな目に遭わせたのは、その辺の攘夷浪士ではない。考えてみれば、そんな雑魚に帯刀していた自分が負けるわけがない。
気配を消すのも上手く、地球外の薬物を持ち、剣の腕も超一流。
私を倒したのは、高杉晋助だ。
それを思い出すとぞわっと身体に鳥肌が立った。
『俺がお前を殺すわけねーだろうが。エン』
そうだ、高杉もその名を呼んでいた。
聞いたこともない名前。
でも、相手は私をエンだと思っている。
ソーコはパッと目を見開いて新八をまじまじと見つめると、知らねェ、と短く言ったのち、
「そいつが何かやらかしたのかィ?」
と問う。
新八は曖昧に言葉を濁そうとしたが、ソーコの鋭い眼光を直接受けて嘘は吐けない。これでもやはり警察の目をしている。
「実はあの祭りの日から、銀さんが寝言でよくその人の名前を呼ぶようになったんです。悪かった、とか、許してくれ、とか…」
ワタシもそれ知ってるヨ、と神楽も口を挟んでくる。万事屋に寝泊まりしている神楽は、銀時が昼寝中だけでなく、就寝中も悪夢に苛まされていることに気付いていた。
「トイレに起きた時変な声するから、腹でも下したのかと思って見に行ったアル。銀ちゃん、眠ってたけど夢の中では誰かを護ろうとしてたネ」
きっとその子アル、と神楽は俯いた。
万事屋二人の証言を何度も頭の中で繰り返すと、高杉との攻防が鮮明に蘇ってくる。
『…悪かったな』
謝っていた。高杉も。
自分に見知らぬ女の影を重ねて。
万事屋も悪夢に魘される程、その女に罪をあがなっているという。
もしその二人がいう“エン”が同一人物なら。
銀時は攘夷志士だったということになる。
目を光らせたソーコは、極めて冷静な声色で新八の肩に手をのせ、「ちょっと話聞かせて貰っていいですかィ?」と無表情で呟いた。久しぶりのお仕事モードだ。
これでもし、銀時が高杉と関係のある攘夷志士だと解れば、残念だから捕らえるしかなくなる。
ソーコは銀時に一目置いていたし、割と好印象だったが、それが幕臣としての務めだから仕方がない。
しかし、今はそれどころではなかったことに気がついた。
物置の戸の隙間から、気味の悪い目玉が此方を覗いていたのだ。
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