「うるさいわァァァ!!ただでさえ気が立っているというのに!!全く役立たずの猿めが!」


廊下から罵声を発してきたのは、今回の警護対象である幕府の高官・禽夜。蛙の姿をした天人だ。

元々蛙やら虫やらそういったものは苦手なソーコは、ただでさえいけすかない相手なのに、更にこんなことまで言われてはやる気をなくすのは当然だ。
そんなソーコに対し、近藤は一人で勝手に歩き回る禽夜にいそいそとついていく。
目の前で命を狙われている奴がいたら、良いやつだろうと悪い奴だろうと手を差し伸べる。近藤はそれが出来る人間なのだ。


「はぁ〜、底無しのお人好しだ、あの人ァ」


なんとも面白くないようで、子供のように頬をぷくっと膨らませたソーコを見て、土方は苦笑する。

以前、部屋にゴキブリが出たと言って、たまたま通りがかった土方の脚にすがり付いて涙目で見上げてきたソーコをなんとなく思い出す。
たまに見せる幼さや女らしさは彼女を一層可愛らしく見せる。しかしそんなことは口が裂けても言えない。


「幕府の高官だか何だか知りやせんが、なんであんなガマ護らにゃいかんのですか?」


この少女に、ミツバの面影など全くない。
血が繋がっていることすら疑わしいくらい、全くの別物で、唯一挙げるとするなら、相手の気持ちを察する能力が飛び抜けて優れていたことだ。

ミツバは自分を酷く振った男を責めたりもせず、また、その現場を運悪く目撃したソーコも、きっと殺したい程憎かっただろうに、その後土方を責めたりしなかった。

解っていたからだ、土方の本当の気持ちを。



「だって海賊とつるんでたもしれん奴ですぜ、どうものれねーや。ねェ土方さん?」



悪態をついて誤魔化してはいるが、本当の彼女はとても繊細で優しい心を持っている。それに気付いてしまってからは、どうにもこの少女のことが気にかかって仕方がない。
大きな瞳で此方をじっと見つめてくるソーコを、煙草をくわえながら黙って見下ろした。
こんなに小さい体に、こいつはどれだけ重いものを背負っているのだろう。



「…聞いてんですか?土方さん」


全く反応を示さない土方を怪訝に思い、ソーコが眉を潜めてそう問いかけた瞬間のことだった。



ひとつの銃声が、辺りに轟いた。



ドォン、と、鼓膜をつんざくような大きな音は、確かに屋敷の中で聞こえ、隊士たちが視線を巡らせると、禽夜を庇うようにして倒れる近藤の姿が目に入った。




「「「局長ォォォ!!」」」



肩から血を流す近藤の姿を捉えると、反射的に体が動いたソーコはいち早く近藤の傍に膝をつく。
撃たれた衝撃で仰向けに倒れた近藤は、苦しげに目を臥せている。
犯人の居所を掴むため、すぐに監察に指示を出した土方も、取り囲む隊士を掻き分けてソーコの隣に立った。

ものものしい雰囲気の中、命を狙われた帳本人である禽夜は、吐き捨てるようにこう言った。


「ふん、猿でも盾代わりにはなったようだな」



それを聞いた瞬間、体中の血が逆流するような感覚に陥る。任務など関係ない、斬ってしまえという心の声に導かれるように、ソーコは刀を抜こうとした。

しかし、それは隣の男の腕に阻まれた。

ソーコの気持ちを読んだ土方は、沸き上がる怒りを感じさせることなく、冷静な声色で言う。




「やめとけ。瞳孔開いてんぞ」





暫く二人は睨みあっていたが、ソーコがゆっくり刀を離した時に、土方も手を下ろした。



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