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人間、一つのことに集中するといろいろなことが見えなくなる。



例えば、自身の体調とか。



特に私はマルチタスクが苦手な不器用人間なので、畑仕事に熱中し過ぎた結果、本当に倒れそうになるまで自分の体調不良に気づかなかった。



立ち上がろうとしてよろけるのもいつものことで、しゃがみっぱはしで筋肉が固まったのだろうと思っていたらそのまま横に倒れてしまい、そこで初めてどうやら自分の体調が平常でないことに気付いたくらいだ。



「主!」



慌てた様子の江雪さんが駆け寄ってくる。



「お加減が悪いのですか?」



「大丈夫、ちょっと休めば治ると思う……」



頭がぐらぐらするものの意識ははっきりしているし、多分呂律も大丈夫だ。



軽い熱中症だろう。



にしても示しがつかないなと考えていたら、ふわっと体が浮いた。



「部屋までお連れ致します」



「え。」



遅れて状況を把握した私はその時点で冷静さを失った。



なんとあの江雪さんが、私をお姫様抱っこしているのだ。



「いや、ちょっとえ?



大丈夫です私自分で歩けますから、あの、降ろしてください」



「ここまで不調に気づけなかった主のお言葉を鵜呑みにするわけにはいきません」



それは全く正論だけど、だからといってこれは。



他にどうとでも私を運ぶ手段はあるだろう、台車とかリヤカーとか。



私は恥ずかしいとか申し訳ないとかももちろんあるけど、もう一つ気になっていることがあって拒否しているのだ。



宗三の存在。



彼は刀剣の中では珍しくない兄弟溺愛勢なので、こんなところを見られようものなら。



「兄上……!?」



とか思っているときに限ってばったり遭遇してしまうのはこれは出来過ぎじゃないかな。



「兄上、何をなさっているんです!!」



まあ大好きな兄上が女抱えてるの見たら早く降りろブスってなりますよね。



「宗三……少し静かにしていてください。



主はお加減がお悪いのです」



しかも窘められてしまって、宗三は非常に虫の居所が悪そうに立ち去った。



何だか宗三にまで申し訳ない気持ちになってくる、今後は本当に体調に留意しよう。



江雪さんに部屋まで運んでもらい、水を飲んでおとなしく布団に入る。



「では私は畑仕事に戻るので、養生なさってください。



後で様子を見に来るよう小夜に頼んでおきます」



「……ありがとう、ごめんね江雪さん」



「主がお気になさる必要はありません……



ですが、主がご不調だと皆が悲しむので、やはりお気をつけていただきたくは思います……



皆、主のことを大切に思っていますから」



不調な時にやさしい言葉をもらうのは弱気になってしまうから得意ではないけど、やっぱりきちんと受け取っておこう。



「ありがとう。



すぐ元気になるから心配しないで」



江雪さんはふ、と微笑んで部屋を出て行った。



しばらくうとうとしていると、とても控えめな足音とともに小夜が部屋の前まで来たのがわかったので内側から声をかける。



「小夜?」



またしても控えめな音で襖が開き、小夜が顔を出す。



「倒れたって聞いて……何か必要な物、ある?」



「大丈夫、心配してくれてありがとう」



「これ、宗三兄様が持って行けって」



そういって小夜が差し出した皿にはウサギ型の林檎。



「……これ、宗三が用意してくれたの?」



こくりとうなずく小夜は特に表情を変えないが、私からしてみれば驚くべきことだ。



宗三が私のために何かしてくれることも、こんなにかわいいウサギを用意することも。



「宗三兄様は、優しい人だから」



「……うん、そうだね」



そうだ、それくらいは私にもわかる。



じゃあ、そういうことでいいか。



「あとでお礼言わなきゃね」



「……きっと、兄様も喜ぶと思う」



きっと私にはそっけなくするけれど。



なんだか、体調を崩して得をしたような気持になった、なんて少し罰当たりだろうな。

fin.



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