障子を開け放ち、満月を見上げる。
今宵は十五夜だ。
心なしか月が普段より明るく、大きく見える。
柔らかなその灯りは、けれど温かく中庭を照らしていた。
少し前までたくさんいた蛍は、もうすっかりいない。
季節が、変わろうとしている。
「主、お身体が冷えます」
いつの間にか私の傍らにいた長谷部が、私の羽織を差し出してくれていた。
「ありがとう、長谷部。
中庭で皆がお月見をしてるみたいだけど、行かないのですか?
今日の仕事は終わりましたので、行っていただいて構いませんよ」
確か、燭台切がお団子を作ったりしていたはずだ。
「騒がしいのは、性に合わないので」
まぁ、次郎がお酒を持ち出したりしているのだろうし、しっとりと月を見る流れにはならないか。
「……では長谷部、少しだけお酒を持ってきてくださいますか。
お猪口は二つ、お願いします」
「主命と、あらば」
音もなく、素早く去っていった長谷部を見送り息をつく。
お月見に参加せずこんなところで、長谷部がいなければ一人でお酒を呑むつもりだった自分。
輪に入るのが苦手で、一人でも構わないような顔をしている私を、刀剣たちはどう思っているのか。
お月見やお花見の度に、考えさせられる。
月も花も、好きだというのに。
いつもいつも、少しばかり楽しみきれない自分がいるのだ。
「お待たせしました」
盆に燗とお猪口を乗せて長谷部が現れた。
長谷部にお酌をしようとしたが、丁重に断られてしまった。
私はお猪口を口に運ぶ。
元々お酒には強いほうだが、今日は少しおかしいらしい。
月は女性を狂わせるというから、そういうことなのかもしれない。
気づけば、私は長谷部に面倒な問いかけをしていた。
「……長谷部、主命を言い渡してもいいですか」
「もちろんです。
この長谷部、主の望むままに」
「長谷部は私をどう思うのか、率直に答えてほしいのです」
長谷部は、少し驚いたような顔をしてから、迷いのない様子で答えた。
「主は、俺たち刀剣の真隣にいらっしゃることは少ないと感じます」
ああ、やっぱり。
いつも一緒にいてくれる長谷部にさえ、そう思われていたか。
「しかし、主はいつも少し離れたところで俺たちを見守ってくださいます。
その姿はまるで月のように、安らぎをくださるのだと、思います」
少し落ち込んだ私は、続く長谷部の言葉に顔を上げた。
長谷部は、更に続ける。
「ですがこの長谷部、僭越ながら主の不器用な部分や、一人で悩んでいらっしゃることを知っています。
だからこそ、主を一人の男として、慕っておりますよ」
「……え?」
今、とんでもないことを言われたような。
「気持ちを伝えた以上、これからは近侍でないときも、貴女を支えたい。
俺が貴女を支えることを、許してくださいますか」
「……なんで、急にそんなことを、」
私がようやく絞り出した言葉に、長谷部は微笑を添えて答えた。
「今夜は月の光で、貴女が一層お美しく見えたからかもしれません」
長谷部が従順だというのは、間違いなのかもしれない。
これで私が心拍数の上昇で死んだら、謀反になるのだろうか?
そんなことを考えたって、私の顔はきっと薄暗い中でもわかるくらいに赤くなっているのだから、長谷部の好意を拒むことなどできやしないのだ。
それはまるで、月夜の秘め事。