01.喧嘩するほど仲がいい

俺の名はダリューン。二十七歳、パルス王国アルスラーン殿下に仕える身である。
俺と殿下の出会いは数年前にも遡り……いや、今はそんなことどうでもいい。実は今、あることに悩まされているのだ。

「ねえナルサス、いい加減下手な絵を描き散らすのはやめたら? 」

「なんだと!? お前こそ、夜中に下手な歌を歌うのはやめろ! 戦で喉を潰した幽霊の仕業ではないかと噂になっているんだぞ!」

そう、この二人だ。この世のものとは思えない絵を前にして筆を振り回している男がナルサス。そして、側で馬鹿にしたように見ている女がアーシャである。

「なんですって!? 誰よ、そんな酷い法螺を流しているのは!」

「法螺話じゃなくて事実だから噂になっているんだろうが!」

「これだから音楽に理解のない奴は困る! 貴方たちの耳は取っ手か何かかしら」

彼らはとても優秀な人物なのだ。ナルサスの才知は類い稀であり、この男の知らぬものはないといっても過言ではない。剣や知略に優れ、一兵も使わず侵略を狙う三か国を撤退させたこともある。

「俺の耳が取っ手なら、お前の目は節穴だな。未来の宮廷画家の芸術を理解できぬとは……呆れを通り越して哀れだよ」

対するアーシャは流浪の言語学者である。語学にたいへん優れ、古今東西の文書や言葉、暗号文までお手のもの。こうして再び巡り会えたことは偶然だが、過去に俺も絹の国で、彼女の通訳の世話になっている。また、何より特筆すべきはその声であろう。

「勝手に哀れんでおけばいいじゃない。私は貴方の芸術なんて、一生理解できなくていいわ」

七色の声と呼ばれるほどの才能を持つ彼女は、その声で老若男女を演じることができる。先日の酒の席では、俺やナルサス、はたまた殿下の声すらも完璧に再現してみせた。それほどの才能を持ちながらも、彼女の歌は壊滅的で、正直俺も頭を悩ませている。

いつのまにか口論が終わったようで、「ふんっ」と二人が顔を背けあった。……こいつらは子供か。

「お前ら……もう少し場所を考えろ。廊下まで叫び声が聞こえていたぞ」

喧嘩をするのは勝手だが、その度に俺が仲裁に借りだされるのはいい迷惑だ。今日もエラムに頼まれやってきたところこの有り様。ちなみにエラム曰く、「二人を止められるのはダリューン様のみ」だそうだが、面倒事を押し付けられているだけではないかと、密かに疑っている。

「それは悪かった。芸術に理解のない奴を相手にしたのが間違いだったな」

二人が出会ったのはアトロパテネの大敗後、ルシタニアの追っ手から逃げている真っ最中。当然絵を描く余裕も、歌う余裕もなかった。しかし、ペシャワール城塞にたどり着き、少しばかりの余裕が生まれたのだ。そうしていつの日からか、ナルサスとアーシャの互いの趣味の貶し合いが始まっていた。何だかんだで普段は仲良しの癖に謎だ。

「ダリューンだって貴方の絵の理解者ではないわよ」

ね?とかいいながらさりげなく俺を巻き込もうとしているアーシャ。

「それをやめろと言ってるんだ。ナルサス、お前も挑発するのはやめろ」

俺の言葉に対し、同時に肩をすくめた二人が互いを睨み付ける。最近はしょっちゅう喧嘩をしているわりに、こういうところは似ているのだ。やれやれ、喧嘩をするほど仲が良いとはなんとやら。













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