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『有希子さん、この髪型やり過ぎじゃないですか?』


ドレスに着替えて、ヘアメイクをしてもらったんだけど、この髪型凝りすぎだと思う。
これ、食事の為のドレスよね?
どこの舞踏会に行くんだっていうくらいの髪型なんだけど。


「そう?とっても似合ってるわよ?でも、新ちゃんとお揃いのそのネックレスじゃ負けちゃうから、ご飯の間だけこっちつけててね」


…負けてるとか言ってる時点でやり過ぎだと言ってるも同然だと思うのはあたしだけですか?
たぶん、有希子さんのであろうと思われるネックレスをつけてもらいながら、また一つため息を吐いた。
このネイルも可愛いけど、どうせならつけ爪にしてくれたら良かったのに。
それなら、いつでもつけれるのに、自分の爪に直接されたんじゃ一週間の命だ。
さすがにこれで学校には行けないもの。


「でも、新ちゃんに自慢したいくらいのお姫様ね!」

『…有希子さん、携帯しまって下さい。たぶん、今のあたしを写メするともれなく新一がぶちギレると思うので』

「えー?何でー?なまえちゃん、すっごく可愛いのに!」


新一の名前が出てくるまですっかり忘れてたけど、あたしたちは絶賛喧嘩中でして。
今日一日、ずっと学校で新一のこと避けてたあたしが新一からもらったネックレスを外してるのなんか見た日には…うん。簡単にぶちギレると思う。
その姿が容易に想像つくから怖いわ。


「待たせてしまったかな?私のプリンセスたち」

『先生!おかえりなさい!』


着替えてからずっと有希子さんたちの部屋でお喋りしてたんだけど、やっと先生が到着した。
先生に久しぶりに会えたのが嬉しくて、ついいつものクセで抱きついてキスしてしまった。

実はこれ、先生たちがアメリカに行ってしまってからの恒例行事だったりする。
あたしと新一が先生たちのところへ遊びに行くと有希子さんがあたしを抱き締めてキスしてくれて、有希子さんが満足してあたしから離れると、あたしが先生に抱きついてキスの挨拶をするのだ。


『あ、すみません。こんな格好なのにはしたなかったですね』

「気にすることはないさ。ここは私たちの部屋で人目があるわけじゃないんだから。それに、正直なところ、いつもこれをしてもらっているから、これがないと私が寂しいんだ」


先生はそう言って茶化してくれたから、あたしも笑顔になれた。
どんな時でもあたしを笑顔にしてくれる先生の魔法は今でも有効らしい。
最近ずっとイライラしてたのに、有希子さんの突発的な拉致から始まって、もうイライラなんかどっかに飛んで行ってしまった。


「さぁ、お待ちかねのディナーに行こうか?今日の私は幸せ者だな。こんなに美しい妻と娘を独り占めに出来るんだからね」

『あ…』


ディナーで思い出した!
あたし、今日の夕食作って来てないじゃない!
っていうか、今日から一週間先生たちと一緒なんだよね?
新一、ご飯どうするつもりなんだろう…


「なまえちゃん、どうしたの?」

『あたし、新一のご飯作って来てないんですけど…』

「そんなこと心配してたの?今はコンビニだって外食だって、お惣菜買ったりだって出来るんだから、一週間くらい新ちゃんも自分で何とかするわよ!」

「今まで全部なまえ君に準備してもらっていたんだ。あいつはそれが当たり前になってしまっているだろうからね。一度、その苦労を味わせた方がいいんだよ。さぁ、我々も夕食にしよう」


先生にエスコートしてもらって、止まってた足を動かしたけど、不安気に先生の顔を窺うと、先生はあたしを安心させるように優しい笑顔を向けてくれた。
もしかしたら、先生はあたしと新一が今ギクシャクしてることまでお見通しなのかもしれない。


『あ、蘭?』

「なまえ?こんな時間にどうしたの?」


食事が終わって自分の部屋に帰ったあたしは、スィートルーム(だと思う)からの夜景を眺めながら蘭に電話をかけた。


『あのね、蘭の時間がある時だけでいいんだけど…明日から新一の夕飯頼めないかな?』


あたしのご飯に慣れちゃってコンビニ弁当なんて食べたいとも思わないって言ってた新一の食生活が心配になって、蘭にお願いしようと思ったのだ。


「え?なまえ、まだ新一と仲直りしてなかったの?」

『それもあるんだけど…今、あたし、先生たちと一緒にいるから、新一のご飯作れないんだよね』

「え!?もしかしてアメリカ行っちゃったの?!」

『そうじゃなくて、先生たち、今日本に帰って来てるの』

「良かったぁー。新一に嫌気さして日本出て行っちゃったのかと思っちゃった」


さすがにそれは飛躍し過ぎだよ、蘭。
蘭の心底安心したような声に、思わず苦笑いが漏れた。


「あれ?でも、それならなまえ、今新一の家に居るんじゃないの?」

『それがね、学校帰りに有希子さんの車に乗せられちゃって…今はホテルに居るんだけど、ここがどこかも分からないのよ』

「…なまえ、それ相手が新一のお母さんじゃなかったら誘拐だよ?」

『やっぱり?あたしも、有希子さんじゃなかったら、これって拉致だよねって思ってたの』


有希子さんの迫力に圧されたのもあるけど、有無を言う暇もなく車に乗せられたからなぁ、って下校時のことを思い出して、やっぱり苦笑いしてた。


『それで、あたししばらく先生たちと一緒にいることになってるらしくてさ。学校にも連絡してあるって言うし…お昼ご飯は買ったりして済ませるだろうけど、夕飯だけでも頼めないかな?』

「うん。分かった!なまえの頼みだもん。明日から新一の家に行くね」

『ごめんね?ホントに蘭の時間が空いてる時だけでいいから、』


それからもう少し蘭とお喋りして電話を切った。

キングサイズのベッドがある寝室の他に二部屋もあるこの部屋は、あたし一人には広すぎるけど、大きな窓から一望出来る夜景はあたしを癒してくれた。
星空から堕ちてきたような遥か下に煌めく地上の光が何故か落ち着く。
最近のあたしはそんなに余裕がなかったんだろうか?


「なまえ君、少しいいかい?」

『どうぞ』

「こんな時間に済まないね」


何をするわけでもないのに、飽きることなく夜景を眺めていると先生が訪ねて来てくれた。


『先生たちと一週間ご一緒ってお話でしたけど、先生、お仕事大丈夫なんですか?』

「大丈夫だよ。この為に缶詰めになって原稿を全て仕上げたんだ。本当なら、もっと早く帰国したかったんだが…仕事を放り出して来たんじゃ、なまえ君が余計に気にしてしまうだろう?」

『え?』


先生から話を切り出してもらえないみたいだったから、あたしから話を切り出したんだけど、予想外な言葉をいただいてしまった。


「夏を過ぎた辺りからなまえ君が元気がないのに気付いてね。どんどん不安を溜め込んでる様子だったから、一度帰国しようとは思ったんだが…生憎その時は仕事が立て込んでいたせいで、どうしても時間が取れなかったんだよ」

『…』

「なまえ君が、アメリカに来ることを仄めかした時にはもう限界だったんだろう?」


新一の発言に誤解して園子の家で泣き喚いた数日前、あたしは確かに先生にアメリカ行きのことについて尋ねていた。


『先生、もしも、ですよ?』
「何かな?」
『もしも、あたしが新一にフラれて日本に居るのがイヤだからアメリカに行きたいんですって言ったら、それでもあたしを受け入れてくれますか?』
「当たり前じゃないか。そのブレスレットにもちゃんと書いてあるだろう?なまえ君は私の娘なんだ。愚息のことなんかで遠慮する必要はないよ」



そんな会話を確かにした。


『あれは、もう終わった話で…』

「その代わり、今は別のことで余裕がないんだろう?」

『…』

「この一週間は休暇だと思ってくれたらいい。うちのバカ息子のせいでなまえ君が振り回されてるのは見ていられないからね」


どうして先生には分かってしまうんだろう?
電話やメールでしか会話をしてないのに、いつもあたしの心が伝わってしまう。
いつも一緒にいるはずの新一にはなかなか伝わらないのに。


「一週間だけでも、私たちとの時間を楽しんでくれたら、なまえ君も少しは落ち着くかと思ったんだが…余計なお世話だったかな?」

『いえ、有難いと思ってます。ちょっと新一といろいろあって、このままじゃ大喧嘩は避けられないだろうなって思っていたので』

「我ながらいいタイミングで帰国出来たようだ。新一にはここに来る前に私から話してあるから、なまえ君からあいつに連絡する必要はないからね」

『ありがとうございます』


先生がここに来るのが遅れたのは新一と話をしてたからなのか。
先生も有希子さんも、ホントに何事も抜かりなくやってくれるから助かる。
…時々やり過ぎるのが玉に瑕だけど。


「有希子は詳しいことは何も知らないが、なまえ君と新一抜きで一週間日本でゆっくり過ごそうと言ったらえらく喜んでいてね。なまえ君も一時だけでも日常は忘れて、私たちとの時間を楽しんでくれると嬉しいんだがどうだろう?」

『そうします。ホントにいつもありがとうございます』

「何、愛娘の為ならこのくらい当たり前さ」


深く頭を下げると先生は優しく抱き締めてくれて、おでこと頬に一つずつキスをしてくれた。


「せっかくなまえ君を息子の元から誘拐したんだ。我々も楽しませてもらうから何も気負う必要はないよ」


そう言って、先生は悪戯を思いついた子どものように笑ってあたしの部屋を出て行った。

ホントに先生には敵わない。
世界中どこに居たってあたしのことを気にしていてくれるんだから。
先生の優しさに少し涙が滲んだけど、ここはお言葉に甘えてゆっくり休ませてもらおうと思った。


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