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01*ver.?


俺はあの日からずっと瞳を開けたまま夢を見ているような、そんな気分だった。


きっかけはそう、母親からもらった遊園地のペアチケット。
正直遊園地なんてものに興味がなかったからそのまま突き返そうとした。
どうせ行くならまた青子の面倒みなきゃなんねーんだろうし、そんな暇があるなら俺はなまえの歌を聞きに行きたい。


「快斗、いいこと教えてあげましょうか?」
「んだよ?」


不機嫌さを隠しもせずに問い返した俺は母さんの次の言葉で態度を一変させる羽目になる。


「この遊園地って7時から始まる花火があるでしょう?最初の3連発の花火を観覧車から見た人は願い事が一つ叶うそうよ」
「そんなのただの迷信だろ?」
「ところが、そう馬鹿にしたものでもないのよ。片思いの人と一緒に見た二人が付き合った実例があるの」
「マジで!?それくれよ!元々俺に譲ってくれる気だったんだろ!?」


ジンクスなんて本気で信じてるわけじゃない。
でも、俺の一目惚れから始まったこの恋が一向に進みそうもないのも事実だった。
顔を合わせば歌のリクエストなら聞いてくれるが、なまえはいつも俺と話し出すと適当なとこですらりと逃げていく。
だから、俺はなまえにとって「顔見知り」程度の関係だ。
どうにかしてそこから抜け出したいと常日頃から思っていた。
そんな関係がもしかしたら少しは変わるかもしれない。
淡い期待を胸に、チケットを握りいつもの河原を目指していた。


「なまえー!」


振り返って俺を見たなまえに思わず顔が緩む。
ここに来たって会えない確率の方が高いのだ。
もしかしたら会えないかもしれないと思っていたが、どうやら運は俺を味方してくれたようだ。


『またリクエスト?』
「いや、今日はなまえをデートに誘いに来たんだよ!」
『はぁ?』


なまえが呆れたような声を出す。
ま、同然だよな。
俺が恋してようがどうだろうがそんなの関係なく、オメーん中の俺の認識は「ここで偶に顔を合わせる」そんな程度なんだからよ。
でも、そんくれーで俺は諦めたりしないぜ?


「じゃーん!トロピカルランドのチケット!!」
『トロピカルランド!?』


お?予想外に食いついてきたな。
いつも大人っぽいっていうか、俺をガキとしてしか見てない感じだったから興味ないかとも思ってたんだけど、やっぱ同い年だしな。
女ってこういうのホント好きだよな。
ま、それを利用させてもらわねー手はねーんだけど。


「なぁ、今度の日曜に一緒に行かねぇか?」
『いいの!?』


身を乗り出して俺に近づいたなまえに思わず心臓が跳ねた。


「じゃあ決まりだな!朝なまえん家に迎えに行くから、デートしようぜ?」
『うん!楽しみにしてるね!』


「デート」を強調したにも関わらず、そこは軽くスル―された…。
けど、普段大人びた表情ばかりしてるなまえの初めて見た無邪気な笑顔に俺の心は鷲掴みにされた。
そんなに嬉しそうにされたら、ガッカリさせるわけにはいかねーじゃねぇか!


「え?トロピカルランドのオススメな乗り物?」
「そう!他にも食事でも飲み物でも何でもいいから教えてくれ!」


翌日から俺はネットで調べるだけじゃなく、ダチに片っ端から話を聞いていた。
そんなことを続けていれば、自然と俺がデートするってことも、俺が必死になって情報収集してることも学校中に筒抜けになっていたが、今の俺にはそんなことを気にかけてる暇なんかなかった。


「黒羽、お前何そんな必死になってんだよ?」
「うっせー!好きなヤツ喜ばせる為なら手段なんか選んでられっかよ!」
「黒羽ー!また先輩が情報流してくれるってさ」
「マジで!?今行く!!」


冷やかしに来るやつも、俺のなりふり構ってねー態度に呆れるやつも勿論いたけど、協力してくれる名前も知らない先輩たちにはいくら感謝してもしたりない。

そして、迎えた日曜日当日。
俺は何十通りものコース巡りを頭に叩き込んでから、なまえの好きな乗り物が何であろうと大丈夫なくらいの臨戦態勢でなまえを迎えに来ていた。
ヤッベー、今頃になって緊張してきた!
まだなまえは遊園地を楽しみにしてくれているだろうか?
もういつものテンションに戻ってしまっていないだろうか。
今日は俺一人が楽しんでも意味がない。
俺はなまえと一緒に楽しみたいし、あいつを喜ばしてやりたくて必死になってきたけど、空回りしないだろうか。

色んな考えが頭ン中を駆け巡る中、なまえの住んでるマンションまで来た俺は緊張のせいでドキドキと煩い心臓を抑え込んでなまえに電話をかけた。


『はーい。もしもし?』
「おー。今日のなまえ、何かご機嫌だな。下まで来たぜ?」
『分かった。すぐ下りるわ』


短い電話が切れて安堵の息を吐く。
良かった。今日を楽しみにしてたのは俺だけじゃなかったようだ。


『お待たせ』


その声に振り向けば、俺は思わず固まった。
別に私服姿が初めてな訳ではない。
ただ、俺とのデートでここまで「オシャレ」してくれるとは思ってもみなかっただけだ。
さっきまでの不安も一気に吹き飛び、俺のテンションメーターさえも振り切れた!


「今日のなまえ、めちゃめちゃ可愛い!!」
『今日すっごく楽しみにしてたから』


俺に向けられた嬉しそうな満面の笑みに思わず顔を逸らしてしまった。
普段は決して見せてくれないような無邪気な笑顔だ。
勿体ないことをしてる自覚はあるのだが、如何せん不意打ちの笑顔に顔に熱が集まっていけない。
せっかく落ち着きを取り戻したはずの俺の心臓はなまえを視界に入れてからというもの、収まることを知らないように暴れだしている。


「(こんなんで俺今日一日大丈夫かよ?)」


思わずため息が漏れるが、贅沢な悩みだ。
普段は俺に構って欲しくて仕方なかった癖に、いきなり俺にだけに向けられる表情にこっちの心臓がもたないとは。


『なんか今日の黒羽くん、いつもと様子が違うけど、もしかして調子悪かったりする?』
「え?」
『なんか変だよ?』


心配そうに俺を覗っているなまえに驚いた。
些細な俺の変化を見逃さず、俺のことを心配してくれる。
それがこんなにも嬉しくて、相手を更に愛しくさせるもんだとは知らなかった。
だから、俺は気持ちのままに素直に言葉に乗せて笑顔を返す。


「んなことねーって!元気元気!なまえがこんなにオシャレした格好初めて見たから、ちょっとビックリしただけだからよ」


ホントはちょっとなんてものじゃない。
かなり驚いた。そしてそれ以上に嬉しかった。


『そう?調子悪いんなら無理に付き合わせるの悪いかなぁって思ってたんだけど…』
「ホントに大丈夫だって!」


心配してくれるのは嬉しいが、その言葉はいただけない。
例え、本当に体調不良だったとしても、そこはどんな無茶をしようが無理矢理にでも付き合いたい。
なんてったってなまえの休日を独り占め!
そんな絶好のチャンスを手放すだって?
あり得ない。即答できる自信がある。
そんなことに陥るくらいなら、俺は他の何を犠牲にしてでもそのチャンスを守り抜く!





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