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 澄んだ声に

最初は、ちょっとした好奇心だった。
中学入るのをきっかけに米花町へと引っ越した、昔からつるんでたダチと電話してる時、


「そういや、最近、俺ん家の近くの河原で時々歌ってる女の子がいるんだけどさ」
「歌?」
「そう。ジャンルはアニソンやら流行ってる歌やらクラシックぽいのやらその時の気分で歌ってるみてーなんだけどな」
「また幅広く歌ってんなー」
「まぁ、そうなんだけどさ。何歌っててもその子の歌声聴くだけで、なーんか心動かされんだよな。明るい歌なら、こっちまでテンション上がってくるし、切ない歌とか勝手に泣きそうになるくらい心に染み込んでくんだよ」
「へぇ。音楽に興味ねーオメーが歌声一つでそこまで影響されんのかよ?」
「俺が何言っても胡散臭く聞こえんのは分かってるっての!黒羽も一回その子の歌聴いてみろって!歌って概念が根本的に変わっちまうから!」
「でも、俺その女の子知らねーんだけど。歌声聴きゃその子だって分かるもんなのか?」
「絶対に分かるね!いつも川を見ながら歌ってから、俺もその子の顔までは知らねーんだけどさ。明るめの髪したロングヘアの子だよ。サラサラ髪靡かせてんのが、また幻想的で迂闊に近寄れねーっていうか、」


結局、その日は名前も分かんねー女の子の話を聞かされてるだけで終わったんだけど、今度遊びに来いよって誘われたから、暇つぶしに奥野ん家に遊びに行く約束はした。
毎日歌ってるわけじゃねーから、その女の子の歌声が聴けるかどうかはわかんねーけど、運がよければ奥野ん家に行く途中の河原でその女の子が歌ってるのが聴けるかもしんねーって言われたから、ちょっとだけ期待もしてた。

けど、歌声一つで心揺さぶられるってのは奥野が大袈裟に言ってるだけだろうとも思ってた。
俺だって特別音楽に興味持ってるわけでもねーし、誰かが歌ってるのを聴いたとしてもそれで終わるだけだろうなって。


なのに、それは簡単に覆された。
遊びに行くと約束した日、河川敷沿いに歩いてたら誰かの歌声が聞こえてきた。


「あ、これ俺の好きな歌手の曲じゃねーか」


奥野の家に近づくにつれ、はっきりと聞こえてきた歌声はどこまでも澄んでいて、耳で聴いてるっつーより、俺の心に直接響いてくるようなそんな歌声だった。


「(あの子が歌ってんのか)」


後ろ姿じゃ、腰まで伸びた長い髪が邪魔でどこの制服なのかも分かんなかったけど、風に靡く髪がすっげー綺麗で、歌声と合わせて確かに幻想的な雰囲気だった。
歌が終わった途端に姿が消えちまっても、納得すんじゃねーかってくれーには。

最後のサビの部分になると、その歌声はより透明度を増して俺の体の自由さえ奪ってしまった。
今、俺がいる場所さえあやふやにさせる程、歌声に乗せて届けられる歌詞の世界に迷い込んでしまった感さえある。
こんな感覚は初めてだった。

女の子の歌声が止んだ瞬間に、俺の視界に現実の景色が飛び込んで来た。
思わず拍手をして、その女の子に近づいた。
ただ、純粋にもう少しあの歌声を聴いていたかっただけ、だった筈だった。
その女の子が振り返るまでは。


「キレーな歌声だな」
『ど、どうも』


俺の拍手に驚いたように振り返った女の子は、少し俺のことを警戒をしてるようだったけど、照れたように頬を少し染めて短く返事をしてくれた。
その照れたような表情を見ただけで、俺の心臓が跳ね上がった気さえした。
え?何、この子。めちゃくちゃ可愛いんだけど!?
おい、奥野!こんな可愛い子が歌ってるなんて聞いてねーぞ!!?


『あ、それあたしの好きな曲』
「マジで!?歌って歌って!!」


女の子の隣に座って、その歌声に身を任せて酔いしれる。
遠くで聴いてるだけでも、あの威力だったっつーのに、この至近距離だとこの子が歌い始めた途端にその世界に引きずり込まれる。
歌声一つで、俺の五感を奪うどころか、心ごと掻っ攫っちまうこの歌声をいつまでも聴いていたかったけど、後1曲だけって歌い終わる度にリクエストを繰り返していたら、気付いたら日が暮れ始めていた。
残念だけど、これ以上この子を引き止めてるわけにもいかない。


「悪ぃな。こんな時間まで付き合わせちまって」
『ううん。あたしも歌いたい気分だったから気にしないで?』


帝丹中の制服着てんだから、俺とそんなに歳は違わねー筈なのに、その笑顔はどこか大人びて見えた。
その笑顔にまた騒ぎ出した心臓をなんとか抑える。
歌声だけで、俺の心を奪ったこいつは、俺の恋心まで一緒に盗んでしまったらしい。


「なんかオメーの歌は切ないとかドキドキとかワクワクとか全部が詰まってる感じがした!」


勿論、そんな言葉じゃ足りやしねーんだけど、どう伝えたらいいのか分からなかった俺はとりあえず、歌の感想を言って自己紹介に持ち込もうとしたんだけど、俺の話を聞いてる内に顔を真っ赤に染めて俯いた女の子は逃げるように立ち去ってしまった。


「え?何、あの可愛い反応!!」



澄んだ歌声に、


奪われた心は、最後の可愛い反応を見て更に加速した。


「黒羽!お前、今日家に来るんじゃなかったのかよ!?」
「あ、悪ぃ。オメーの存在忘れてたわ」
「おい!ところで連絡も寄越さねーでこんなとこで何してたんだ?」
「めちゃくちゃ可愛い、俺の歌姫見つけた!」


次こそは自己紹介して、あの声で俺の名前を呼んでもらおう。
まずはそこからだ!


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