どのくらい時間が過ぎたのか、工藤優作ワールドで頭がいっぱいになっている中、誰かの人影が見えた。
マスターが帰りの時間を知らせてくれる程、まだそんなに時間は経ってないと思うんだけど…。
「お嬢さん、相席しても構わないかな?」
『はい、どうぞ』
どうやら喫茶店が混雑して来たのか、相席のお願いだったらしい。
そんなに混んでるような感じはしないんだけどな。
失礼だとは思いながらも、小説の続きが気になって仕方ないあたしは小説から目を離すことなく、承諾の返事だけをして再び工藤優作ワールドに戻ろうとした、のだけど。
「お嬢さんは推理小説が好きなのかい?」
『いえ、特に推理小説が好きというわけではないですよ。あたしは基本的に本なら何でも読みますから』
何故だか知らないが、あたしの前に座った男の人はあたしが本を読み続けてるにも関わらず話しかけてきた。
「さっきマスターから聞いたんだが、お嬢さんは毎日ここでそのシリーズを読んでいるそうだね」
『はい。こんなに面白い本に巡り会えたのは久しぶりで、嬉しくて毎日続きを買っては此処に来てます』
「ほう。随分とその本を気にいったみたいだね」
『美味しい珈琲を飲みながら、夢中になれる本を読めるなんてこれ以上の贅沢はないですからね』
目では小説の文章を追いながら、話しかけられた内容にはとりあえず答えているんだけど…
正直、小説に集中させてもらいたい。
この人、何がしたいんだ?
「もしよければ、その本の感想を聞かせてもらってもいいかな?」
『そうですね。始まって数ページで自然と読者を本の世界に引き込める魅力的な小説ですよ。最近よくある内容の薄い、展開が読めてしまうようなつまらない本じゃなくて、然り気無く張り巡らされた伏線に次の展開を想像しながら読んでいくと、一つ伏線を回収したと思えば、別の謎が出てきてワクワクと期待に胸を踊らせながら更に続きが読みたくなる、そんな本ですね』
だから、邪魔しないでいただきたいんですが。
と言外に伝えてみたけど、さてお喋りは終わるかな?
「お嬢さんはその作者の本が好きなのかい?」
どうやらまだ会話は続行らしい。
別に会話をしながら本を読むことくらい出来るけど、この人、あたしのこの態度に失礼だとか思わないのかな?
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