花は手折らぬ | ナノ

6制約


[2018年2月 五条28歳/名前20歳]


 2月14日を数日後に控え、大学近くの商業施設ではどこもバレンタインの催事が開催されていた。どのチョコレートブランドが出すものも、チョコレートやパッケージに趣向が凝らされている。可愛い色使いのチョコレートや、おしゃれなデザインの箱は、見ているだけでわくわくする。
 友チョコなんてものもあるくらいだから、訪れている女性客全員が恋人に贈るチョコレートを探している訳ではないと思う。けれどチョコレートを吟味する人の表情は、みんなどこかキラキラしている。大切な人のことを思いながら選ぶんだから、自然とそうなってしまうんだろう。付き合っている男の子へのチョコレートを選ぶ美咲ちゃんの横顔も幸せそうだ。
 悟くんは甘いものが好きだから、バレンタインという行事を知ってからというもの、毎年私は悟くんに手作りのケーキを贈っていた。悟くんから離れると決めたから、今年はどうするか少し迷った。でも、悟くんにお世話になっていることには変わりない。日頃の感謝の印として、今年も私は悟くんにガトーショコラを作ることに決めていた。

「私はこれにしようかな。
 名前は湊にあげるチョコ、決まった?」
「倉木くん?
 倉木くんにあげる予定は無いけど」

 チョコレートを選び終えた美咲ちゃんが、当然のように放ったセリフに驚いた。私の返答を聞いて、美咲ちゃんはあからさまに眉を顰める。

「まさか今年もこれまでと変わらず、五条さんに手作りのケーキあげるだけなの?」
「う、うん。
 でも今年は、ありがとうの意味しかないチョコレートだから」
「……別に五条さんにあげるなとは言わないけど、湊にはあげないの?」
「さっきも聞いたけど、なんで倉木くん?」
「なんでって、最近湊とすごーくいい感じじゃない?」
「別に、倉木くんはそんなんじゃないよ」
「え〜、最近頻繁に会ってるじゃん。
 バレンタイン当日にもデートの約束してるんでしょ。
 湊、正直期待してると思うけどな」
「バレンタインに会うことになったのは、たまたまだよ。
 それに倉木くんみたいな素敵な人がこないだ会ったばっかりの私って……、無いと思うよ」
「名前はさ、自分の可愛さにもっと自覚持った方がいいよ。 
 湊ってば、私と話す時と名前と話す時では、態度が全然違うんだから」
「そうかなぁ。
 そんなことないと思うけど」
「名前的にはどうなの?」
「どうって?」
「湊に告白されたら付き合う?」
「……私は悟くんが好きだから、それはだめなんじゃないかな」
「驚いた。
 今まではどんなイケメンに告られても全くなびかなかったのに。
 やっぱり湊レベルなら、名前もぐらっときちゃうか」
「えぇ、なんでそういうことになるの……!」
「だって湊がそれでもオッケーて言ったら、名前的には断る理由ないってことでしょ?
 前は二言目には、五条さん以外の人なんて考えられないって言ってたじゃん」

 正直今もそれは変わらないけど、悟くんに好きになってもらうのは諦めると美咲ちゃんには言ってある。その手前、美咲ちゃんにどう答えるかを考えていると、美咲ちゃんは明るい笑顔で続けた。

「私はいいと思うよ。
 最初は別の人が好きでも、付き合う内にその人を忘れられたケースはあるんだし。
 湊はあんなにイケメンなのに、珍しくすごい良い奴でもあるからさ、名前にも自信もってお勧めできるよ」
「倉木くんがいい人っていうのは、私もわかるよ」
「でしょ?」

 倉木くんが私を好きだなんて可能性を、今まで想像したこともなかった。でも仮にもし、美咲ちゃんが言うことが合っていたとして、倉木くんに好きだと言われたら、私は一体どうするんだろう。悟くん以外の人を好きになるなんてあり得ないと思っていた。けれど、悟くんに一人の女性として私が愛されることは無い。だったら、私が他の人と付き合うことで悟くんも安心したりするのかもしれない。なんて、倉木くんのことを聞かれたのに、私は結局悟くんを中心に考えてしまう。そんな私が倉木くんと付き合うなんてことになったら、それは倉木くんに失礼なんじゃないのかな。




 バレンタイン当日は、朝から任務に行かなきゃならないと悟くんから聞いていた。けれどバレンタイン前日の今日は幸運なことに、早く帰ってきた悟くんと一緒に夕飯を食べることができた。夕飯を食べ終えると、私は悟くんに尋ねる。

「悟くん、明日はバレンタインだから、ガトーショコラ作ったの。
 冷蔵庫に切って入れておくから、好きな時に食べてくれていいけど、今食べる?」
「明日は任務で早く出なきゃだし、明日中に帰って来れるかもわかんないから、どうせなら今ちょっともらおうかな」
「わかった。
 今用意するね」

 冷蔵庫で冷やしておいたガトーショコラを切ってお皿に乗せる。夜だからカフェインレスの紅茶と、悟くんのためにシュガーポットも忘れずにトレイに載せて、テーブルに持っていく。
 大好きな人の好きな物だからか、私のケーキ作りの腕はかなり上達したと思う。今回作ったガトーショコラの出来栄えにも、結構自信があった。でもどうしても、悟くんの反応が気になってしまう。自分の分にも手を付けないで悟くんを見つめていると、そんな私に気付いたのか、悟くんが私の顔を見る。

「うまいよ、ありがとう。
 名前はケーキ作るの上手だよねぇ。
  よく言われない?」
「悟くんにしか作ったことないから分からないけど……、褒めてもらえて嬉しい」

 私が答えると、思わずドキッとしてしまうほど、悟くんは柔らかく微笑んだ。それから悟くんがした質問の内容は、私が予想もしていなかった内容だった。

「そういえばさ、いつものは?」
「いつもの?」
「いつもケーキと一緒に手紙くれるでしょ。
 今年はないの?」
「あ……、あるけど」
「なんでくれないの。
 あるなら今見せてよ」
「待ってて、持ってくるから」

 私はバレンタインにいつも、悟くんに手紙を書いている。これまではずっと、私は手紙の中でも悟くんに“大好き”だと伝えていた。しかも文字だけな分、口にすると随分恥ずかしいことも書いていた気がする。今年はさすがに、日頃の感謝を伝えるだけに留めたけれど。
 悟くんに言われなくても後で渡すつもりだったけど、まさか悟くんから催促されるだなんて思ってなかった。悟くんはいつも、私の書く手紙を読んでくれてはいた。でも悟くんがする反応と言えば、オマエも毎年懲りないねと、笑って一言言うぐらいだったから。

「はい」
「ん、ありがとう」

 悟くんは私から手紙を受け取ると、黙ってそれを読んでいた。悟くんは手紙を読んでも、何も言わなかった。私の手紙に、いつものように言及すべき事柄が無かったからかもしれない。

「明日は、倉木って子と出かけるんだっけ?」
「うん。その予定だけど」

 読み終えた手紙をテーブルに置くと、悟くんは私に明日の予定を確認した。以前から悟くんには、誰とどこに行くかを事前に報告して欲しいと言われいる。基本的には私は、自分の予定を全て正直に悟くんに話していた。

「……悪いけど、その予定はキャンセルしてもらわないとかな」
「? どうして?」
「実は、僕を恨んでる呪詛師がオマエのことを狙ってるらしいっていう情報が入ってね。
 安全のために、僕と一緒じゃない限り、しばらくこの部屋の外に出ないで欲しいんだ」
「えっ……?
 別にそこまでアウトドアってわけでもないから、大丈夫だけど……。
 あの、しばらくっていつまで?」
「呪詛師の尻尾がなかなか掴めなくてさ。
 捕まえられればそれまでだけど、そうじゃないなら、少なくとも名前の学校の春休みが終わるまでかな」
「でも、呪具があるから大丈夫なんじゃないの?」
「不自由させちゃってごめんね。
 僕もなるべく帰って来るようにするけど、外に出る以外なら、オマエの望みは何でも叶えてあげるから」
「悟くん、私なら大丈夫だよ。
 だから気にしないで」
「ほんと、ごめんね」
「そんなに謝らないで、悟くん。
 悟くんは何にも悪くないんだから」 

 その時私は、ちょっとだけ悟くんの様子がおかしいと感じた。でもそれだけだった。悟くんが浮かない様子なのは、悟くんが感じる必要のない負い目からなんだとばかり思っていた。
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