花は手折らぬ | ナノ

09疑問


[2014年8月(五条24歳/名前17歳)]



「今度の土曜日、僕オフなんだけどさ。
 名前空いてる?」
「空いてる! なんで?」
「じゃあ、ここの抹茶のかき氷食べ行こ」
「ふわふわしたかき氷だ……!
 ここなら私も知ってるよ? 有名だよね。
 前から食べたいって思ってたの。行きたい!」
「オーケー。決まりね」

 名前は僕の誘いを断ったことがない。だから断られるなんてないだろうとは思ったけど、一応聞く。結果はまぁ予想通りだった。

 僕みたいに甘い物が好きな男って少なくないと思うんだけど、まだまだ甘い物は女子人気の方が依然として高いっていうのは事実としてある。だから巷で流行っている甘い物が食べたいとなると、圧倒的に女性客が多い店内に男一人で行かなくちゃならない。
 僕は別にそういうのは恥ずかしくもなんともないから気にしない。一人でも全然余裕で行ける。でも、せっかく名前がいるんだから。使えるものは使っとこう精神で、僕は今流行りの甘い物が食べたいとき、大抵名前を連れ出していた。僕に羞恥心がないとはいっても、街にサングラスで一人で行くと声掛けられたりして面倒だし、かといって目元隠すと人の視線が通常の倍はウザい。名前が一緒にいれば、サングラスでもとりあえず逆ナンされることはないからよかった。まぁとどのつまり、僕は名前を体良く女避けとして使っていた。

 多分こういうのは本来彼女と行くべきなんだろうけど、それは僕は勘弁だった。適当に付き合ってる女に変に勘違いをされたくない。彼女と行くぐらいなら、多分僕は一人で行くんじゃないかな。
 僕の魂胆も知らずに、僕が誘うと名前は毎回無邪気にはしゃいだ。そういう名前の姿を見て、さすがに少しは罪悪感を感じないわけでもない。だからと言ってやめる気もないんだけどさ。


 それにしても、僕がいつ聞いても土日の予定が無いってのは、現役女子高生としてどうなの? 今まであんまり気にしたことなかったけど、名前って友達ちゃんといるのかな。
 性格は悪くない。むしろ素直すぎるくらいだけど、そういうところが却って今時の女子高生からは浮いてたりするのかもしれない。
 虐めたりはされてないだろうけど、ちょっと心配だな。今度それとなく、友達がいるのか名前に聞いてみようか。





 一緒に暮らしてるから全部が筒抜けなんだし、そんなに張り切る必要ある?って僕は思うんだけど、名前は僕と出掛けるとなるとやたら身支度に気合いを入れる。だから、早く家を出たい僕は「別に何もしなくてもオマエは可愛いよ」といつも適当に言ってみる。でも名前は、この時ばかりは僕の言うことにも聞く耳をもたない。わかりやすく照れはするくせに。

 そうして名前の長い身支度が終わるのを今日も待った後、二人で店に向かった。
 行列にも並んで、ようやく噂のかき氷を二人で食べる。
 僕の方が少し先に食べ終わったから、僕はいつもそうするように名前が食べるのを見ていた。食べたいと言い出した僕より名前はよっぽど美味しそうに食べる。見るからに幸せそうな顔をして食べている名前を見ると、自分のためとはいえ連れてきて正解だったかな、なんて毎回僕は思う。

 ここまでは、いつも名前と出掛ける時となんら変わりなかった。
 店に来たのがもう少し早い時間だったら、店を出た後はいつものように名前と二人で買い物でもして、何事もなく一日終わっただろう。

「こちらへどうぞー」
「あ……!」
「ほら、やっぱりそうじゃん。
 名前でしょ」
「ほんとだぁ。びっくりした。
 いつもより大人っぽくしてるからわかんなかった」

 空いた隣の席に通された女の子の二人組は、さっきからやたら僕達を見ていた子たちだった。
 名前は目の前のかき氷に夢中だったから、こうして近くに来るまで二人の存在に気付かなかったみたいだけど、女の子たちの顔を見るとすぐに反応した。声を上げた名前を見て、女の子たちもやっぱりという風に顔を見合わせている。

「え〜、なに。
 大事な用事があるって言って、私達との約束ドタキャンしたと思ったら、用事ってデートだったんだ?」
「ち、違うよ。
 さと……、この人は親戚のお兄ちゃんだから。デートじゃないよ」

 どうやらこの子たちは名前の友達らしい。
 なんだ。名前、友達いたんだね。しかも今あった話からすると、僕の誘いが無ければ今日は名前はこの子たちと遊んでいたくらいだから、割りと仲が良いんだ。
 ていうかドタキャンってなんだよ。
 名前のことだ。ドタキャンしたのは、今回が初めてじゃないだろうな。おそらくこれまでに何回も、名前が友達との約束より僕を優先したんだろうことは容易に想像がついた。

「こんにちは。
 君達は名前の友達?」
「そうです!」
「よかった。
 名前は友達いるのかなってちょっと心配だったから。
 君達みたいな友達がちゃんといるってわかって安心したよ。
 これからも名前と仲良くしてやってね」
「そんな、こちらこそ名前ちゃんとはいつも仲良くさせてもらってますからっ」

 普通に明るくていい子たちだ。僕がしていた心配は杞憂だったみたい。
 隣の席に座った名前の友達は、名前がまだかき氷を食べ終わってないのもあって、そのまま名前と話に花を咲かせていた。
 思えば僕は、名前が同年代の子と話しているのを見るのは初めてだった。名前は呪霊を視認できるけど、術師じゃない。学校にも通ってるんだし、高専関係者以外の人間と名前が関るのは普通のことだ。名前には名前の世界がある。僕の知らない繋がりがあって当然なことくらい、僕もわかってる。でもそのわかってるはずのことをいざ目の前にして、僕はなんだか変な心地だった。
 胸の内がどうもモヤモヤするのに、その正体がわからない。それが気持ち悪くて、三人の話を僕はあんまり聞いていなかった。それでも名前たちの話題がいつの間にか僕のことに移ったのに気付いたのは、名前の顔があからさまに曇っていたからだった。

「ねぇねぇ名前、お兄さんって入学式に来てた人だよね?」
「……そうだけど」
「やっぱり!
 あのお兄さん、お願いがあるんですけど」
「えー、JKからお願いなんてなんだろ?」
「サングラス、とってくれませんか?」
「入学式でお兄さんかなり目立ってたから……。
 女子の間で、サングラスの高身長イケメンが入学式にいたってすごく噂になってたんですよ!
 皆サングラスを取ったところが見たくて、名前に写真見せてって頼んだんです。
 でも、名前は写真ないっていうから」
「へぇ、そうなんだ。
 それは光栄だな。サングラスくらい全然オッケー」

 名前は普段から僕と写真を撮りたがるし、僕の写真をよく撮りもする。写真がないっていう嘘をついている時点で、名前の考えていることは粗方予想がついた。僕的には写真くらい別にいいじゃんって感じなんだけど。
 直接頼まれちゃしょうがない。名前もさすがに何も言わないでしょ。ここで僕が断れば、今後の名前と友達の関係にも影響があるかもしれないしと思って、僕はサングラスに手をかけようとした。

「だめ!!!!」

 だけど僕がサングラスをとる前に、向かいに座ってる名前が僕の手を掴んで止めた。そんな名前に目を丸くしたのは僕だけじゃない。名前の友達もだ。名前は気の強い方じゃない。それはきっと学校でもそうなんだろう。突然語気を荒げた名前に、友達二人は戸惑いを隠しきれていなかった。

「お兄ちゃんの目は特別なんだから……!
 簡単に人に見せたらいけないんだよ」
「ご、ごめん名前」
「知らなかった。そうなんだ」 
「あー、ごめんごめん。気にしないで。
 色々あって、名前はちょっとブラコンっぽいとこあるんだよね。
 だから僕のことになると困ったちゃんになっちゃうの。
 悪気は無いから許してやって」
「……」
「名前、オマエもケチなこと言ってんなよ。
 大体、僕はいいって言ってるだろ」
「ごめんなさい……」
「僕じゃなくて友達に謝って」
「……ごめんね。変なこと言って」

 僕が注意したことで萎縮している名前を二人は心配そうに見ている。急にいつもと違う態度をとった名前に驚きこそすれ、その事自体を二人は特に気にしてはいないみたいだった。だから、名前の言うとおりにしてやってもよかった。でも一応保険もかけといたほうがいいでしょ。名前は不本意だろうけど。

「なんか変な空気になっちゃってごめんね。
 サングラスとればいいんだよね? はい」
「えぇぇぇぇ!!
 お兄さん、思ってた10倍はイケメン!!
 マジで超美形ですね……?! 綺麗な碧眼……!
 この人と暮らしてるなんて、いいなぁ名前」
「私、名前が学校で評判のイケメンにも何の興味も示さない理由が今わかった。
 お兄さんが傍にいたら、そりゃイケメンのハードルあがるわ」
「ほんとそれな。顔面強すぎるでしょ。
 こんな美形、リアルな世界に存在するんだね……」
「よかったー。
 いやー、期待外れとか言われたらどうしようかと思ったよ」
「そんなことあるわけないでしょ……!」
「あははっ。
 名前、お兄さんのこと好きすぎでしょ」

 名前が食べ終わった後は、名前が帰りたいって言うから、僕達は他にどこも寄らずにすぐに帰った。マンションに戻って来ても、まだ名前は膨れている。この感じだと、さっき僕がサングラスをとってみせたことに、結局納得はいっていないんだろうな。

「よかったよ。オマエに友達がいるってわかって。
 もしかして今まで僕に気遣ってた?
 名前の友達なら、いつでもうちに呼んでいいんだからね」
「呼ばない」
「えぇ。なんでさ」
「……友達には悟くんと住んでる部屋に来てほしくない」
「全く。オマエの独占欲もここまでくると感心するレベルだよ。
 さっきだってさ、僕の顔ぐらい見せてあげてもいいじゃん。
 別に減るもんじゃないんだし」
「……」
「いい子たちだよね。
 オマエが癇癪起こしても怒んないし。
 友達はもっと大事にしなよ」
「わかってるよ。
 わかってるけど……」
「今日だって、ほんとはあの子たちと遊ぶ予定だったんでしょ?
 僕の誘いなんて断って、友達との約束優先していいんだよ」 
「友達のことは好き。一緒にいると楽しいよ。
 でも友達とは学校で会えるから。
 休みの日に悟くんといれるなら、できるだけ悟くんといたいって思っちゃうんだもん。だめ?」
「だめじゃあないけどさ」

 だめかと聞かれれば、そんなことはなかった。
 こういう名前の態度を、正直僕は可愛いと思ってしまっている。
 確か高校の入学式の時、僕に対する独占欲丸出しの発言を名前がしたときも、僕は疑問に思った。なんで名前だけは、こういうこと言ってきても許せるんだろうって。ウザいとか面倒だとか全然思わない。むしろ可愛いとさえ思ってるなんて、僕にとっては結構ありえないことだった。だって彼女とかだったら、絶対こうはいかないもんな。

 僕はあんまり付き合った女と長続きしない。なんか段々重くなってきちゃうんだよね。そりゃあ付き合うくらいだし好みのタイプには間違いないから、最初は僕もテンションあがる。付き合って初めのうちはデートもちゃんとするし。
 けど、なにしろ僕って超多忙だからさ。
 任務に追われてたりすると、最初は可愛いって思えてた「会いたい」とかが段々面倒になってくる。女の方が僕にハマっても、それと反比例して僕の気持ちは冷めてっちゃうんだよね。

 それに昔から、僕は縛られることが嫌いだった。
 これは多分、伝統とかしきたりにうるさい家に生まれたせいだと思う。相伝の無下限呪術の術式と約四百年ぶりの六眼を持って生まれたおかげで、そんな家でも僕は好き放題やってはいたけど。
 でもどうしたって最低限こなさなきゃいけないこととかはあって、その最低限がすごい面倒臭いんだよな。腐っても御三家のうちの一つだからね。いくら僕でも避けようのないことはある。

 そういう性分だから、付き合う女がちょっとでも僕に束縛じみた行動をしたり、独占欲なんかをちらつかせると途端に萎える。なぜか僕と付き合うと、大抵の女は発言とか態度にそういうのが滲み出てきちゃうんだよ。だから結果的にどうしても最後の方は、昼間に会うのもだるくなってきちゃうんだよね。
 終わり方は大きく分ければ三つか?
 いわゆるセフレみたいな関係に女が疲れ切って僕に別れを切り出す、これがパターン1でしょ。女がヒス起こす前に僕から切るのがパターン2。そろそろ潮時かなって思ってた時に、別の女に浮気してるのがバレてそのまま別れる……、これでパターン3か。多分、僕の恋愛は大体このパターンのどれかの繰り返しだ。
 最長でもってどれくらいだったかな。あんまり覚えてないけど、長くない事だけは確か。改めて考えてみると、我ながら相当酷いな。高専の頃から硝子にクズ呼ばわりされてる訳だ。

 そんな僕がなんでか名前だけを可愛いと思えるのは、僕が名前のことを女として見ていないから。名前一人が特別な理由を考えてみても、それぐらいしか僕は思いつかなかった。


 こういう時、普通なら一番に考えそうな可能性を僕は最初から除外していた。高校生になったとはいえ、僕にとって名前はまだ子供だった。あと、お世辞にもまともな恋愛をしてきたとは言い難い僕は、多分その辺の感覚がおかしかったんだと思う。
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