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運命的偶然1


!一般非術士OL夢主と五条が出会う話。
!時間軸は百鬼夜行のちょっと前〜百鬼夜行直後。






(2017年9月)

 あ、あの人また来てる。

 週末の金曜日の夕方。
 私のお気に入りの有名なケーキ屋さんは、様々な人で賑わっていた。仕事帰りに家族にお土産を買っていこうとするサラリーマンや、小さなお子さんを連れたママさんたち。それから、私のように自分へのご褒美にケーキを選んだOL。

 色んな人がいる中で、最近よく見かける一風変わったお客さんは今日も今日とて周囲の視線を独り占めしている。
 その人は、日本人にはあまり見ない程とても身長が高い。おそらく190cmは超えているんじゃないだろうか。周りの女性客と比べると頭一つ分以上差がある身長だけでも、その人はとても目立つ。その上着ている服は黒一色で、髪は真っ白。極めつけに目元には包帯が巻かれている。

 見るからに怪しいオーラ満載である。
 それを周りの人も感じているのだろう。店内は混みあっているのに、その人を中心にして空間には綺麗に円ができている。人々が遠巻きに彼を見る視線は訝しげだ。だけど視線を向けられている本人はそれに気付いているのかいないのか、どこ吹く風といった様子である。

 目元の包帯から、私は彼を包帯男さんと勝手に名付けていた。少し安直すぎる気がするけれど、心の中で自分だけが使うあだ名だ。誰が気にするわけでもない。


「ショートケーキとモンブランとー、このムースとプリン、それからガトーショコラと……、あとこのタルトもください」


 今日も相変わらず、包帯男さんはびっくりする程大量のケーキを購入していた。
 もしかしたら、包帯男さんには家庭があり、買ったケーキは奥さんや子供が食べるのかもしれない。けれど失礼かもしれないが、この人が所帯を持っている空気は微塵も感じられない。
 するとやっぱり、来るたびに必ず5個以上は購入するケーキは全部この人が食べるのだろうか。190cm以上ある怪しげな彼と、甘いスイーツ。改めて考えてみればこれほどミスマッチな組み合わせもない。


「いつもありがとうございます」
「どうもー」


 包帯男さんがお店のドアをくぐったのを確認してから、私はショーケースに近づく。いつも私は包帯男さんが注文を終えるまで、自分の注文をしない。

 怪しさマックスの包帯男さんに近寄りたくないという訳ではない。
 むしろ、その逆。
 私がこのケーキ屋さんを訪れる時、いつも彼がいる訳ではない。だから、彼と遭遇した時はなんとなく、彼より早く立ち去るのが勿体ない気がしてしまう。

 なぜ私が見ず知らずの他人(しかもかなりいわくがありそうな)にこんなことを思うのか。それは、初めて包帯男さんを見た時に感じた懐かしさにある。
 初対面なはずなのに、彼とは初めて会った気がしなかった。姿を目にするだけで、心の内側が温かくなってなんだか落ち着くのだ。
 彼のような目立つ人物に過去会っていれば忘れようがない。だから、以前どこかで会っていたら必ず覚えているはずだ。でもどんなに記憶を探ってみても、私と包帯男さんに過去の関わりはなかった。

 これは恋心ではない。もし仮にそうだったとしても、この恋をどうにかしようなどとは思っていない。
 それは単純に私に勇気が無いからである。


「今日も清々しい程にガン見してたねぇ」
「そ、そんなにですか?」
「してたしてた。
 お得意様にこんなことを言うのはアレだけど、あんなカタギかどうかも怪しい男、やめた方がいいと思うわよ」
「そういうんじゃないですって。
 ただ……、ちょっと気になるってだけです」
「どこをどうしたら、あのお客さんが気になるのかねぇ。
 お姉さんの男の趣味、大丈夫かい?」
「それは……、自分でもよくわからない、ですけど」
「でも、そうだねぇ。
 確かに怪しい変な格好しちゃいるけど、高身長でスタイルは良いし、包帯で隠れちゃいないパーツはめちゃくちゃ整ってる感じはするねぇ。肌も色白だし。
 もしかすると包帯とったらとんでもない美青年……なんてドラマみたいな話もあるかもしれないよ」
「いやいや。私はそういう理由で気になってるんじゃないですから。
 あ、今日はこのフルーツタルトひとつください」
「はーい。かしこまりました」


 ここの店主であるおばちゃんとは、包帯男さんをきっかけに仲良くなった。

 私が包帯男さんを見つめてしまうことに気付いたおばちゃんが、ある日話しかけてきたのだ。『お客さん、あの包帯巻いてるお客さんがタイプなのかい?』と。鋭い指摘を受けてしどろもどろになっている私を、おばちゃんが豪快に笑ったのは記憶に新しい。
 少し前までは、おばちゃんは私の背中を押そうと献身的に色々アドバイスをくれた。しかし私が何もする気がないと知ると、私を揶揄うだけとなった。

 高校は女子校、大学も女子大。それに加え大人しくてヲタク気質な性格が災いして、今まで、同じ趣味の気の合う女友達ばかりとつるんできた。悲しいかな。社会人一年目の今日に至るまで、男性とどうこうというイベントが起きたことがない。
 そんな私が、どうして見ず知らずの他人に話しかけるなんて高度なことができようか。いや、できない。

 それにおばちゃんの言う通り、包帯男さんは見た目からして得体が知れないし。
 偶然の逢瀬にときめきに似た感情を抱くだけで十分。眺めているだけで十分。
 もっともらしい理由を言い訳にして、私は一歩を踏み出すことを避けていた。そして、その一歩をこれからも踏み出すつもりはなかった。





 黒い雲に覆われどんよりと曇る空は、ゴロゴロと低く唸り声をあげていた。
 午前中に晴れていた空は、日本列島に接近しているという台風の影響で急速にその表情を変えた。
 なんで今日に限って、私は天気予報をチェックするのを忘れてしまったのか。

 傘を忘れてしまった私は、本当なら一刻も早くうちに帰るべきなんだろう。
 でも私は直帰せず、いつものケーキ屋さんへと急いでいた。
 今日は散々な日だった。自分のミスではないことで、話が長く嫌味ったらしい上司に長々とお説教を喰らうなんて。
 こんな日は甘いものでも買って自分を労ってやらねばやってられない。ストレスフルな現代社会を生き抜くには、自分で自分のご機嫌をとるのが上手くなければ。
 ケーキ屋さんの近くには、コンビニなど傘が買える場所がないけれど、急げば大丈夫だろう。私は、雨が降り出すまでの時間をかなり甘く見積もっていた。
 

「いらっしゃいませ〜。
 お姉さん、天気悪いのに今日も来てくれたんだ。
 ありがとうねぇ」
「今日仕事で嫌なことがあったので、甘いものに幸せを貰おうと思って……。
 ここのケーキを食べるだけで、本当に幸せになれるんです」
「仕事で嫌なこと? 大丈夫かい?
 でも、そんな風に言ってもらえるとこっちも嬉しいよ」


 さっき私と入れ違いでカップルが出て行ったけど、さすがに台風が接近中とあって、店内にお客さんは私だけだった。
 早く今日の私を癒してくれるケーキを選んで、私も家に帰らねば。


「えーと、今日は……、桃のショートケーキにします!」
「はーい。あー、とうとう降ってきちゃったねぇ」
「うわ。マジですか……?!」


 振り返ってお店の窓の外を見てみると、外はもうすっかり雨模様。ざぁざぁと雨が降る音すら聞こえる始末だ。
 嘘でしょ……。この一瞬で?

 ちょうどその時だった。
 お店のドアにつけられたベルがカランカランと鳴ったのは。
 ドアを開けたのは、右手に大きな傘を持った包帯男さんだった。
 びっくりしすぎて、入ってきた人が包帯男さんだと確認できた途端、私はバッと顔を逸らしてしまった。
 包帯男さんは目元が隠れているのもあり、表情が分かりにくい。だから、今彼が何を思っているのか私にわかるはずない。別に気にされてはいないとは思う。それでも、今の反応をなにか変な風に思われたらどうしよう。


「お待たせしましたー」
「あ、ありがとうございます」


 おばちゃんが箱詰めしてくれたケーキを受け取り、私は逃げるようにこの場を後にする。自意識過剰だと思うが、自分がした大げさなリアクションに勝手に気まずさを感じていたからだ。それに、ケーキを受け取ったのに、 店から出ないというのもおかしい。
 思えば、今まで何回も包帯男さんと遭遇しているが、私が来店した後に彼が来るというパターンは初めてな気がする。

 私は店から出た後のことを何も考えていなかった。
 そういえば、傘を忘れていたんだった。
 今や、外はバケツをひっくり返したような土砂降りだ。店の軒先から一歩出れば、すぐに全身ずぶ濡れになってしまうことは避けようがない。さすがに傘無しで外を歩くのは厳しいだろう。
 どうしよう。お店のおばちゃんに傘を借りて、どこか傘が買えそうな場所を探してみようか。

 考えあぐねていると、また再び、店のドアのベルがカランカランと鳴った。
 さっき店内にいたのは一人しかいない。出てきたのは包帯男さんだ。見なくてもわかる。私は隣をこれでもかという程意識しながら、努めて視線をそちらにやらないようにしていた。
 やがて、バサッと傘を開く音がした。
 包帯男さんが持っていた大きな黒い傘を開いたのだろう。
 うん、そうだ。包帯男さんが去ってから、店の中に引き返して、おばちゃんに傘を貸してもらえないか頼んでみよう。
 そう考えた私が包帯男さんが歩き出すのを待ってると、今度聞こえてきたのは、パチンと傘を閉じる音だった。開いた傘を包帯男さんはなぜか閉じたみたいだ。


「あのー、よかったら使います? 傘」
「……え?」
「傘、持ってないみたいだから」


 この場にいるのは私と包帯男さんだけ。その事実の前に、なんとか反応することはできた。それでも、話しかけられたのが自分だと気付くのに数秒かかった。
 包帯男さんは口元に愛想のよい笑みを浮かべながら、閉じた傘を私に差し出していた。
 いつもは少し遠くから見るだけの包帯男さんが、私のすぐ隣にいて、私に話しかけている。雨が地面に叩きつけられる音がする中で、彼の声は妙にクリアに私の鼓膜を揺らした。ケーキを注文するときぐらいしか聞いたことがなかったけれど、改めて聞いてみると、彼の声は怪しい見た目にはちょっとそぐわないほど爽やかだった。
 

「えぇっ。わ、悪いですよ。そんな。
 それに、そんなことしたらあなたが濡れちゃいますし……」
「んー、僕はね、傘なんて持ってなくても、濡れる心配はぶっちゃけ無いっていうか。
 まぁ全然問題ないんだよね。
 でも、君は傘ささないと100パー濡れるでしょ」
「いや、でも」
「せっかく買ったケーキ、濡れちゃっていいの?」
「そ、それは……」
「嫌でしょ?
 僕のことは気にしなくていいから、ここは遠慮しないで。
 別に返せなんて面倒なことも言わないからさ。もらっといてよ」
「本当に……、いいんですか?」
「これくらい、マジで気にしないでいーよ」


 包帯男さんは終始軽いノリだった。結局、彼の厚意を私は断りきることが出来なかった。


「あの、なんてお礼を言ったらいいのか。
 本当にありがとうございます。
 このご恩は忘れません」
「ご恩って。ウケる。そんな大そうなことじゃないでしょ。
 雨がこれ以上強くなる前に、そろそろ行った方がいーんじゃない?」


 私は深々と頭を下げてお礼をしたが、彼は言葉どおり全然気にしていないようだった。涼しい笑みを浮かべ、今は彼は私に軽く手を振っている。
 再度お辞儀をした後、貸してくれた大きな傘を開いて、私は歩き出した。
 少し歩いてから、私ははたと気づく。聞いたときは何の疑問も持たなかったけれど、包帯男さんが言った“濡れる心配がない”とは一体どういうことだろう? 連絡すれば、誰か迎えに来てくれる人がいるから大丈夫だとか、そういう意味だろうか。
 傘を借りておきながら、今更になって心配になってきた。包帯男さんが今どうしているのかを確認するため、私はちらりと後ろを振り返ってみる。

 そこで私は、信じられないものを目にした。

 包帯男さんは雨の中を傘も持たずに歩いていた。でも、包帯男さんが言ったように、包帯男さんが雨に濡れている様子はない。まるで透明なヴェールか何かに遮られているように、雨粒は包帯男さんだけを避けながら地面に落ちる。
 今私が見ているのは、果たして現実なのだろうか。
 神秘的とも思える光景を前に、私は何回か目をパチパチとさせ瞬きをする。するとその刹那、さっきまでそこにあった包帯男さんの姿さえ、跡形もなくどこかに消えてしまった。

 い、今のは一体なんだったんだろう。
 もしかして、包帯男さんは、超能力者か何かだったのか……? 


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