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人魚の涙1


※ネームレス監督生。
※ジェイド企画、アズール協賛、監督生が元の世界に帰っちゃったドッキリです。
※ハ〇ポタに出てくる魔法道具が登場します。
※若干の事後表現と下ネタが出てくるので、苦手な方は注意。



「フロイド、キノコの栽培キットを知りませんか? 確かこのあたりに置いてあったはずなんですが」
「あーーー、アレ? 捨てたけど」
「は……?」
「だって今日小エビちゃん泊まりに来るんだもん。ジェイドにも言ってあったじゃん。エロいことすんのにキノコ臭いとか萎えるし」

 期末テストが終了したウインターホリデーが始まる前日、これから恋人とのデートを控えたフロイドは浮かれていた。
 付き合ってからもうすぐ一年になる恋人は、自分とは違いあまり要領が良くない。そもそも、別世界からやってきた彼女は魔法に関する素養がないため、テスト期間は他の生徒よりも根を詰めないとならないのだ。そんな彼女に、フロイドも図書館で勉強を教えるなどしていたため、テスト期間中全く会っていなかったという訳ではない。しかし、真面目な彼女にお預けを食らわされていたので、泊まりのデートはテスト期間中はしていなかった。
 久しぶりの逢瀬に心を躍らせるフロイドは気が付かなかった。フロイドの返事を聞いた後、片割れの表情が一瞬にしてなくなり、まとう空気は並々ならぬ凄みを帯びたことに。



00. 咬魚の誘惑


 厨房係のゴーストは1歳になった初孫の顔を見たいらしく、ホリデー中は去年同様あの世に帰省していた。そのため、監督生は今年のウインターホリデーも学園長から火の番を言い渡されたのだった。去年のホリデーは、スカラビア寮での騒動があり、学園長から直々に命ぜられた任務の遂行は難しかった。しかし今年のホリデー中は、今のところは、寮生の騒動に巻き込まれそうな気配はない。真面目な監督生はホリデーが始まってからというもの、大食堂などの暖炉に乾いた薪をせっせとくべていた。

「お忙しいところすみません。
 監督生さん、今話しかけてもよろしいですか?」
「……ジェイド先輩! こんにちは」
「先日は、期末テストお疲れ様でした。首尾はどうでしたか?」
「ジェイド先輩に教えてもらった魔法薬学はなかなかいい感じだったと思います……。多分ですけど」
「それは何よりです。
 ところで、この後お時間はありますか?」
「? はい」
「少し相談に乗って頂きたいことがありまして……。貴女にしかできないことなんです」
「私でよければ、お話を聞くことは出来ますけど」

 グリムに逃げられ、一人で学園長から言い渡された任務に精を出す監督生に、背後から声を掛けたのはジェイドだった。なんでも、監督生に相談があるとのこと。普段であれば相談を持ちかけられる側の彼が相談とは珍しい。一体どうしたのだろうと疑問に思いながらも、監督生はジェイドのお願いに二つ返事で頷いた。

「ありがとうございます。監督生さんはやはりお優しいですねぇ。
 立ち話もなんですから、よろしければモストロ・ラウンジへいらっしゃいませんか。美味しい紅茶をお淹れ致します」



 アズールやリーチ兄弟のように、オクタヴィネルの寮生の多くは、冬の帰省が困難なところに実家がある。そのため、ホリデー中であるが、オクタヴィネル寮の中には一定数の寮生がいた。このように学園に生徒が全く居ないという訳では無いし、学園外部からも客が見込めるため、休暇中であってもモストロ・ラウンジは年末ギリギリまで営業していた。

「僕は紅茶を用意しますので、監督生さんは先にVIPルームへ」
「わかりました」

 監督生はジェイドと共にオクタヴィネル寮を訪れた。モストロ・ラウンジで給仕をするフロイドを横目に見ながら、奥のVIPルームへと向かい、ジェイドの言われた通りに、中のソファに座ってジェイドを待つ。監督生がVIPルームに着いてから程なくして、ジェイドがVIPルームの扉を開けた。ジェイドが手に持っているトレイには、高そうなポットとティーカップ、ケーキが乗っていた。

「季節のフルーツを使ったタルトもご用意がありましたのでお持ちしました。ですので、紅茶はフルーツタルトに合うセイロンに」
「うわぁ、綺麗なケーキですね……!
 ありがとうございます。でも、いいんですか…?」
「いいんですよ。僕の相談に乗っていただくのですから、これくらいの対価は当たり前です」
「では遠慮なく、いただいちゃいますね」

 見た目も鮮やかなフルーツタルトに舌鼓を打ちながら、監督生はジェイドが淹れた美味しい紅茶にほぉっと息をついた。そして、向かいのソファに脚を組んで座っているジェイドに本題を問いかける。

「あの、それでジェイド先輩の相談というのは?」
「監督生さんに、していただきたいことがあるんです」
「え、私に? ジェイド先輩はさっきも、私にしかできないことがあるとか何とか言ってましたけど……、私がジェイド先輩にできることなんてあんまり無いような気が」
「それがあるからこうして頼んでいるんですよ。
 実は……、貴女に消えていただきたいのです」
「えっ?!」

 いきなりのジェイドの物騒発言に、監督生は恐怖から思わず持っていたティーカップを落としそうになった。 が、なんとかすんでのところで踏み留まった。

「なななななにを言って」
「ふふふ、すみません。怖がらせてしまいましたか? 少し言葉が足りなかったですかね」

 可哀想に、監督生は心なしか少し震えている。そんな監督生の様子を見て、ジェイドは端正な顔に笑みを浮かべクスクスと笑った。ジェイドは監督生の反応を見たいがために、わざと言葉足らずな言い方を選んだのだ。片割れほどでは無いにしても、監督生の返す反応を見て面白がるくらいには、ジェイドも彼女のことを気に入っていた。

「消えていただくというのは、姿を消して欲しいという意味です」
「え……っと、それはなぜ……?」
「フロイドに、僕の悲しみをわかって欲しいんです」
「? ど、どういうことですか?」

 監督生は、ジェイドが言った言葉の意味が、真っ先に想像した恐ろしい意味ではなかったことに安心した。しかし監督生には相変わらず、ジェイドの意図が不明瞭だった。

「期末テストが終わった日、フロイドと会っていましたよね?」
「は、はい。いつもすみません、ゲストルームに行っていただいて」
「それは構いません。フロイドから誘ったんでしょう? 貴女が僕達の部屋に来ること自体はいつものことです。
 ですが、フロイドは貴女が来るからと言って、僕の大切にしていたキノコの栽培キットを捨ててしまって」
「ひっ……! ジェ、ジェイド先輩、もしかして私にも怒ってます?」

 紅茶を飲みながら話すジェイドの仕草は優雅さと気品に溢れていたが、ジェイドが事の顛末を話している時、ジェイドの持っていたティーカップの取っ手が軋む音が監督生には聞こえた気がした。穏やかに笑っている相手にこんなにも恐怖を感じるなんてと、監督生は改めてジェイドを恐ろしく思った。

「そんなまさか。貴女にはなんの罪もありませんよ。悪いのはフロイドです」
「そ、そうですか……」
「ですが、貴女にも責任の一端はあるかもしれません」

 恋人のフロイドとは対称になっているオッドアイが監督生を捉えた。監督生は蛇に睨まれた蛙もとい、ウツボに睨まれた小エビだった。はっきりとは言われていないが、これでは監督生に断るという選択肢は無いに等しかった。

「……私は何をすればいいんですか?」
「お話が早くて助かります。
 監督生さんには、こちらを使って、数日間から一週間ほど身を潜めていただきたいんです」

 ジェイドがVIPルームの机の下にあった紙袋から取り出したのは、透き通るような生地の美しいマントだった。

「なんですか、これ。マント……?」
「こちら、世界でも5本の指に入る希少価値がある魔法道具なんですよ。“透明マント”というんですが、監督生さんはご存知ですか?」

 監督生にも聞き覚えがある名前だった。元いた世界でベストセラーとなっている、額に傷がある魔法使いの少年の物語に登場する秘宝もそんな名前をしていたのだ。まさかツイステッドワンダーランドにも似たような魔法道具が存在していたとは。

「聞いたことは、ありますけど……」
「それなら、使い方はわかりますかね。ですが一応ご確認を」

 ジェイドから“透明マント”を受け取ると、監督生は立ち上がり、いつか見た物語の映画の中で、少年がしていたようにマントを着た。すると監督生の想像通り──、マントを纏っている部分だけが透明になり、監督生の身体は見えなくなった。マントを着ればどうなるのかわかっていたとしても、実際体験するとなるとまた感動も違うものだと、監督生は感嘆の声を上げた。

「うわぁ、すごいですね。まさか透明マントを体験出来るなんて思っていませんでした」
「ふふ。ダメ元でしたが、ご実家に透明マントがあるか、カリムさんに聞いて正解でした。さすがカリムさん、伊達に熱砂の国有数の大富豪ではありません」
「世界で5本の指に入る魔法道具持ってる、カリム先輩のお金持ち度やばいですね。
 だけど……、これで透明になって姿を消すことに一体なんの意味が?」
「貴女は別の世界から来たということは、少し前に教えて貰いましたよね」

 監督生がフロイドと付き合ってから半年ほど経った頃、フロイドとアズール、ジェイドには、自分が別世界から突然このツイステッドワンダーランドにやって来てしまったことを話していた。だから監督生には、ジェイドが言わんとしていることがわかった。

「ジェイド先輩はもしかして、私が元の世界に帰ったと、フロイド先輩に思わせたいんですか?」
「その通りです。
 少々悪趣味かと思われるかもしれませんが、僕のキノコを失った悲しみは海より深いんです。それにフロイドが悲しむようなことなんて、限られていますからね」
「……申し訳ないのですが、ジェイド先輩が思うように事は運ばないと思います」
「おや、なぜですか?」
「フロイド先輩は、私が元の世界に帰ったとしても……、多分何も思わないと思いますから。そりゃ、少しの間、ちょっとぐらいは寂しがってくれるかもしれませんけど」

 監督生は言いながら虚しい気分になった。監督生は一番最初に、フロイドに自身がこの世界の人間では無い事を打ち明けていたが、その時のフロイドの様子を思い出していた。



『ふーん。
 小エビちゃんって別の世界から来たんだぁ。あは、やっぱ小エビちゃんて面白いねぇ。
 ……それで、その元の世界には、帰れんの?』
『帰れるかどうか、今のところは何とも言えません。学園長が元の世界に帰る方法を探してくれているはずなんですが』
『未だに、その方法は見つかってないんだねぇ。
 じゃあさ、帰れるよーになったら言ってよ』
『え?』
『だから、帰るんだったら、ちゃんとオレに一言言ってからにして』
『そ、そりゃ勿論言いますけど……』
『ふふ、約束だからねぇ』

 監督生の中には、まだ依然として元の世界への未練がある。家族や友達などを含む、ツイステッドワンダーランドに来る前の監督生の全てが元の世界にあるから、それは当然だった。しかしながら、仮に元の世界に帰れることになったとして、帰る事をすぐ決意出来ると100パーセント言い切れないのも、また事実だった。フロイドから別れを告げられるならまだしも、監督生には、自分からフロイドの手を離すことが想像出来ないのである。それ程までに、フロイドの存在は監督生の中で大きくなっていた。
 しかし、フロイドの中で自分はそんなに大した存在では無かったのだと、フロイドの反応を見て監督生は思った。フロイドは、監督生のことを引き留めなかった。そればかりか、監督生が元の世界に帰りたいのか、それともこの世界に留まってもいいと思っているのか、監督生の意思確認さえしなかったのである。帰るなら帰ればいい、ただお別れの挨拶ぐらいはしたい。フロイドの言葉を、監督生はそう理解した。
 兄弟のジェイドや幼馴染のアズールは別かもしれないが、フロイドは物や人にあまり執着がない。自分もフロイドに気に入られてはいるが、執着を覚える程では無い。所詮自分は、フロイドの一時の気分で構われているだけで、フロイドの描く未来に存在はしないのだと、監督生は改めて痛感したのだった。



「驚きました。監督生さんはやはり何もわかっていないんですね。もうすぐ付き合い出して一年だというのに、その程度の認識だとは」
「えぇ。なにがですか?」
「貴女は思い違いをしています。
 僕達人魚は、生来とても一途な種族なんですよ。そして、それは気分屋のフロイドにおいても例外ではありません」
「……ジェイド先輩、いいんですよ。もっともらしいことを言って慰めてくれなくても。私は、はっきりフロイド先輩に言われていますから」
「監督生さんがフロイドに何を言われたのか知りませんが……、フロイドのことなら貴女より僕の方が分かっています。ですから僕の言葉を信用していただいて構わないんですが」

 ジェイドは監督生を気遣ったわけではない。あくまで事実を言ったまでだ。
 監督生だって、片割れであるジェイドがフロイドの一番の理解者だということは重々承知している。しかし、ジェイドの言葉であろうとも、ことフロイドの恋愛に関しては、監督生は素直に信じられなかった。人魚の性質がどんなものであれ、自分はフロイドにとって大切な存在になり得ないと頑なに思っているからだ。もしジェイドの言う人魚の話が本当だとしても、気分屋で飽き性なフロイドが一途になる程の運命の相手は、自分ではないと、監督生は思っていた。

「安心してください。言ったでしょう? 貴女にしかできないと。監督生さんはどうやら大事なことがわかっていないようですので、せっかくですからこの機会に見るといいですよ。フロイドが貴女をどれだけ愛しているか」

 ジェイドがいくら説得しても、自分が元の世界に帰っても、少しばかり時が経てば、フロイドは何も変わらない日常をすぐに取り戻すだろう──監督生にはそう予想できるからこそ、最初はジェイドの提案に乗り気では無かった。しかしジェイドが『協力していただいて後悔はさせません』と、余りにしつこく食い下がるので、とうとう折れた。
 かくして、VIPルームで行われたフロイドドッキリ作戦会議。この会議には、ジェイドと監督生の他に、アズールとアズールによって捕らえられたグリムも参加した。


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