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 ジェイド先輩とのお出かけは、とても実りのあるものになった。ジェイド先輩のおかげで、無事フロイド先輩が好きそうなスニーカーを買うことができ、私の目的はしっかり果たせた。その上ジェイド先輩は、キノコを使った美味しいイタリアンが食べられるレストランに私を連れていってくれたりして、私は休日を存分に満喫できた。ジェイド先輩は私の荷物を全部持ってくれたりと終始紳士的な態度で、ジェイド先輩と付き合う女の人はとっても幸せだろうことが容易に想像できた。
 オンボロ寮に戻ってきた私は、フロイド先輩にこれから素敵なプレゼントを渡すことが出来るのが楽しみで、とても上機嫌だった。自分では気付いていなかったが、私はずっとにやにやしているらしい。さっき廊下ですれ違いざまに私の顔を見たグリムにも「お前、ずっと一人で笑っててなんか怖いんだゾ」なんて言われてしまったくらいだ。


「小エビちゃん、いる?」

 オンボロ寮の玄関から聞こえた聞こえるはずのない声に私は驚いた。てっきり、フロイド先輩は今日はオクタヴィネル寮に帰ると思っていたからだ。それに、今は午後4時を過ぎたくらい。本来ならば先輩はまだモストロ・ラウンジで働いているはずの時間だった。どうしてここにフロイド先輩がいるのだろう。フロイド先輩にプレゼントする予定のスニーカーを談話室の適当な戸棚に急いでしまい、私はフロイド先輩を出迎えに玄関へと向かった。

「どうしたんですか、フロイド先輩。まだモストロ・ラウンジのはずじゃ……」
「アズールが今日は帰っていいって。
 小エビちゃんはいつ帰ってきたの?」
「さっき帰って来たところです!」
「そうなんだぁ。買い物、楽しかった?」
「はい! とっても」

 玄関から談話室に来るまで、フロイド先輩は私の後をついてきていた。私は前を向いたまま喋っていたから、会話の途中、フロイド先輩がどんな表情をしているのかわからなかった。だから談話室に着いたとき、フロイド先輩が俯いている訳にも私は当然気付かなかった。「紅茶を淹れるから適当に座っててください」と私が言ったにも拘らず、フロイド先輩はソファには腰掛けようとはせず、突っ立たまま動かない。どうしたのだろう。不機嫌には見えないけれど、なんだか元気がなさそう。私はフロイド先輩のことが心配になった。アズール先輩に帰っていいと言われたらしいし、モストロ・ラウンジで何か嫌なことでもあったのだろうか。しかし、私がフロイド先輩に元気がない理由を聞く前に、フロイド先輩は、つい先程私にした質問をなぜか繰り返し尋ねた。

「小エビちゃん、買い物、そんなに楽しかった?」
「はい!」
「買い物、一人で行ったんだよね?」
「……そうですよ? 昨日も言ったじゃないですか」 

 あまり勘が良くない私は、フロイド先輩はやけに今日の買い物のことについて聞いてくるな、としか思わなかった。あまつさえ、私は元気がないフロイド先輩の心配をしていたはずだったのに、フロイド先輩が買い物のことを聞くから、これからフロイド先輩にプレゼントをあげることを思い出してしまい、抑えようとしても自然と顔がにやけてしまっていた。プレゼントを渡した時に、フロイド先輩が喜んでくれるだろうことを私はすごく楽しみにしていた。何の言い訳にもならないけれど、普段フロイド先輩から与えられることが多い私にとって、好きな人に何かを与えることができるというのは、とても嬉しいことだった。正直、かなり舞い上がっていたと思う。そんな私は、今目の前にいるフロイド先輩の色違いの瞳が悲しそうに揺れていることに、全くといっていいほど気付けていなかった。

「オレ、もうどーしたらいいかわかんない……」
「え?」
「なんでそんな顔でオレに嘘つけんの?
 小エビちゃん、ひどいね」

 小さな声で言ったフロイド先輩は、とても傷ついた顔をしていた。そこで私はやっと気付いた。なぜかわからないが、フロイド先輩が私の嘘に気付いていること。そして、フロイド先輩はおそらく何か勘違いをしているということに。
 フロイド先輩のこんな顔を見たのは初めてで、早く誤解を解かなきゃと思うのに、焦って言葉がうまく出てこない。そんな私の様子を見て何を思ったのか、フロイド先輩の綺麗なオッドアイに溜まって溢れ、ぽろぽろと零れたものは涙だった。絶対にこんなことを想ってる場合じゃないと思うけど、フロイド先輩が流した涙はとても綺麗で、その透明な美しさについつい見惚れてしまった。昔どこかのおとぎ話で見た、人魚の涙は真珠になるという逸話はあながち間違いではないのかもしれないなぁ。
 私がフロイド先輩の涙に見惚れている間にも、ひどく苦しそうに顔を歪めた先輩は、その場にへなへなと座りこんでしまった。細長い体躯を丸めてうずくまる先輩は、なんだかいつもより随分小さく見える。

「せ、先輩……」

 うずくまっているフロイド先輩と同じようにしゃがみ、私がフロイド先輩の方へと伸ばした手は、触るなとでも言いたげにぱしりと払われた。加減してくれているのだろうけど、それでも払われた手が少し痛む。私は泣いているフロイド先輩をこれ以上傷つけないように、優しくフロイド先輩に問いかける。

「どうしてフロイド先輩は、私がジェイド先輩と出掛けたこと知ってるんですか……?」
「知ってちゃ悪い? アズールに街で買い出しして来てって頼まれたの!」
「フロイド先輩……、わ、私に説明させてください」

 フロイド先輩の右耳のピアスがちゃりと小さく音をたてたかと思えば、うずめていた顔を少しだけあげたフロイド先輩と目が合う。先輩の綺麗な顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「……ジェイドと出掛けるから、あんなかわいいかっこしてたの?」
「違います! あれはただ」
「なんも違わねぇじゃん!
 ジェイドに聞いても、今日はキノコの世話してたとかすぐわかる嘘ゆーし。二人してオレのこと騙して楽しい?」
「騙してなんか……! 私はただ、」
「もーいい。……小エビちゃんはジェイドのことが好きなんでしょ。
 オレがこんなに大切にしてんのに、なんで浮気とかすんの? しかもジェイドとって。最悪。
 小エビちゃんもジェイドも……、大っ嫌い」

 フロイド先輩の中で、私はすっかり浮気女だと認定されてしまっていた。キスやそれ以上のことをしたという確かな証拠も無いというのに、どうしてここまで話が飛躍するのか。そもそも、エース、デュースと三人で出掛けてもフロイド先輩は何も言わないから、ジェイド先輩と出掛けることぐらい何の問題もないと思ってた。ジェイド先輩と何かあることなんて、お互い絶対にありえない訳だし。まさか二人で出掛けただけで浮気をしたことにされるとは、夢にも思っていなかった。
 あのフロイド先輩が私の前で泣いている。それは私にとっては何でもない事で、フロイド先輩が深く傷ついたということだ。
 試しに、もしフロイド先輩に同じことをされたら、私がどう思うか考えてみる。
 あ……、やばい。想像しただけでも胸が潰れそうになった。
 ナイトレイブンカレッジには女の子がいないから、ついつい安心してしまうのは私の悪い癖だ。私がもし、嘘をついて他の女の人と会ってるフロイド先輩を見たら、今のフロイド先輩と同じ……、いやもっとすごい被害妄想をしていたかもしれない。想像の範疇でさえ、それはすごく辛いものだった。私、全然分かってなかったんだな。

「フロイド先輩は勘違いをしています。そうさせたのは私だから何も言えないんですけど……。しなくていい勘違いさせて、悲しい思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。
 今から、フロイド先輩が思ってることが勘違いだって、信じてもらえるように話しますから。だから聞いてください」

 フロイド先輩は黙ったままで反応はない。だけど私は気にせず続けた。

「まず、私が好きなのは、フロイド先輩だけです。フロイド先輩は知らないかもしれませんが、好きで好きでしょうがないくらい好きです。……もう、大好きなんです。私がフロイド先輩をどれくらい好きか、気分屋なフロイド先輩が知ったら、もしかしたらフロイド先輩は引いてしまうかもしれないくらい、好きです。
 フロイド先輩はあんまり重いのは好きじゃないと思っていたので、今まであまりそれを表現しませんでしたが……。
 あの、だから……、フロイド先輩はどうかわかりませんが、その、私にはフロイド先輩しかいないです」

 まず、私にはフロイド先輩しかいないということをわかってもらうために、私はかなり重めな愛の告白をした。フロイド先輩に告げた私の気持ちは、常日頃感じていることではあった。でも、フロイド先輩にちゃんと言ったことは無かった。フロイド先輩ってこういうの嫌いそうだし。
 こんな状況下だとはいえ、私の告白にフロイド先輩が引かないかちょっと心配だった。けれど迷ってる暇は無さそうだったので、私は賭けに出てみた。
 ”大っ嫌い”発言以来、伏せられていたフロイド先輩の顔が上がった。濡れた金とオリーブのオッドアイと目が合う。さっきまでとめどなく流れていたフロイド先輩の涙は止まっていた。子どもみたいなあどけない顔。フロイド先輩は恐る恐ると言った感じで、私に問いかける。

「……小エビちゃん、それほんと?」
「神に誓ってほんとです! なんなら、ジェイド先輩にユニーク魔法使ってもらって、ほんとかどうか確かめて貰ってもいいですよ」
「じゃあなんで? なんでオレに嘘ついて、ジェイドとデートしてたの」
「デートでは無いですけど……」
「いやあんなんデートでしょ」

 本当にこんな時にこういう事を思うべきではないと思うけど、じとっとした目でこちらを睨むフロイド先輩はとても可愛い。さっきまで泣いていたせいでまだ潤んでいる瞳が更に可愛さを助長させている。エースとかがこのフロイド先輩を見たらびっくりするだろうなぁ。私も今すごくびっくりしてる。

「デートじゃありません。ジェイド先輩は、私の用事に付き合ってくれてただけです」
「は? なに、小エビちゃんから誘ったの」

 少し上昇したと思ったフロイド先輩の機嫌はたちまち下降しそうになる。その証拠に、ぶすっとしたフロイド先輩の声はさっきより低め。だけど、いつもみたいなフロイド先輩の怖さはなくって、ただいじけてるだけみたい。あぁ、やっぱり可愛いなぁ。
 私はそんなフロイド先輩の誤解を早く解くべく、立ち上がって今日買ったスニーカーを戸棚から出さは、フロイド先輩の前に差し出した。急に目の前に差し出された綺麗にラッピングされた箱に、フロイド先輩は訳がわからないといった様子できょとんとしている。

「なに、これ?」
「フロイド先輩、いつもオンボロ寮に泊まった朝は美味しいごはん作ってくれるじゃないですか。だからそのお礼に、フロイド先輩の好きな靴をプレゼントしようと思ったんですけど、私じゃフロイド先輩の好みがわからないので……」
「ジェイドに、プレゼント選びに付き合ってもらった?」
「そうです! さすがフロイド先輩。
 ジェイド先輩なら、フロイド先輩の好みはばっちりわかってるだろうなと思って。
 本当に、ジェイド先輩にはプレゼント選びに付き合ってもらってただけで、やましい事は何もなくて……。
 フロイド先輩に嘘をついたのは、プレゼントをサプライズで渡したかったからです!
 多分それをジェイド先輩も分かってくれていて、ジェイド先輩も嘘ついたんだと思います」

 フロイド先輩は、箱を少しの間じっと見つめていたけれど「あけていーい?」という問いかけに私が了承すると、リボンをしゅるしゅる解き、包装紙をびりびり容赦なく破って、中の箱の蓋を開けた。
 薄々予想していたことだったけど、フロイド先輩の反応は私が期待していたものとは随分違っていた。

「オレが好きなメーカーのスニーカーだぁ。
 ジェイドが選んだの?」
「そうです。ジェイド先輩が」

 私はきっと少し残念そうな顔をしていたのだろう。そんな私に気付いたのか、フロイド先輩は眉を下げて柔らかく笑うと、私の腕を強く引いた。バランスを崩し、フロイド先輩にもたれかかるように倒れた私をフロイド先輩はそのまま優しく抱きしめた。

「スニーカーありがと。うれしーよ。小エビちゃんがオレにプレゼントくれたことは。うれしーけど……、でも、小エビちゃんがジェイドと二人で選んだオレの好みのやつより、好みじゃなくても小エビちゃんが一人で悩んで買ったやつのほーがいい」
「そういうものなんですね……。てっきりフロイド先輩は、気に入らないものは使わないと思ってました」
「ほんと小エビちゃん、全然わかってなぁい」

 小エビちゃんが選んでくれたってのが大事なんじゃん、そんなことをさらりと言ってくれるフロイド先輩に胸がいたくなる程ときめかせられる。フロイド先輩は、私をときめき過多で殺す気なんだろうか。

「もーこれからサプライズとかいらない。
 オレの好みならオレが一番知ってるし。全部オレに聞いて。
 次こういうことしたら、マジで小エビちゃんのこと許さねぇからね?
 もししたら、ギューッて絞めるからね」
「わ、わかりました!
 何か贈りたいときには、まずはフロイド先輩に欲しいものをきく、と」
「てゆーか、オレの好みくらいわかってよ。
 オレはわかるよ? 小エビちゃんが好きそーなやつ。
 なんで小エビちゃんはわかんねぇの」
「それは……、先輩が天才だから?」
「確かにそ〜だけど、ちっがぁう。
 オレが小エビちゃんの好きなものわかんのは、小エビちゃんが好きだから! 小エビちゃんはオレへの好きが足りてねぇの」
 
 フロイド先輩が言う通り、フロイド先輩は今まで私に何度かプレゼントをしてくれた。それらはハズレがないどころか、私の好みに少しも違うこと無く的中していた。でもそれは、フロイド先輩のセンスによるところが大きいと思うんだけど。

「えぇ〜……! 何ですかその理論。足りてないとかそんなこと、絶対ないと思いますけど」
「あんの! 実際オレ愛され足んないからね?
 だから、今日はすごい傷ついて疲れたし、今夜はオレのこといつもよりいーっぱい愛して、オレのことちゃんと癒して? 小エビちゃん」

 私を抱きしめながら、甘えたように頬にすり寄っておねだりしてくるフロイド先輩はやっぱり可愛い。
 幸い明日は、私もフロイド先輩も予定が無い日曜日。こんなに可愛い大好きな恋人のお願いをきくにはうってつけだ。恥ずかしさから言葉に出さず、こくんと頷いただけの私に、フロイド先輩は「約束ね」とそれでもとても満足気に微笑んだ。


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