bookshelf twst | ナノ




※ここからは、監督生のことが気になりながらもモストロに出勤したフロイドの話。アズール視点です。



「ねぇねぇアズール、今度出す新作のケーキには、新しいティーカップが必要だと思わない?
 オレ、街になんかいーのがないか探してくるよ。今そんなに忙しくないし、いーよね?」
「は? 別に今あるもので足りているでしょう。必要ありません」
「でもほら、客って新しい刺激がないとすぐ飽きちゃうよ?」
「しつこいですよ、フロイド。必要ないと言っているでしょう」
「えーやだ。オレもう料理すんの飽きたぁ。アズールぅ、ねぇ、いいでしょ?」
「だめです」
「なんでぇ? オレ街行きたい……」

 出勤したときからフロイドの様子が変だとは思っていた。妙にそわそわとして浮ついているというか、心ここにあらずというか。今のところ勤務には支障が出ていないから目を瞑っていたらこれだ。

「お前がティーカップのデザインを気にしてそんなに食い下がるなんて、何か別の理由があるんでしょう。
 そうですね、例えば……。監督生さんが今日街に行くと言っていたんですか?」
「さっすがアズール! 察しいいじゃん」
「フロイド、わかっていないようだから教えてあげます。
 お前は、勤務中に堂々と私用で遊びに行きたいと言っているんですよ」
「わかってるよ。
 でもアズール、オレが小エビちゃんに浮気されてもいいの?」
「はぁ? 何を言っているんですか」

 ふてくされたように言うフロイドの言っている意味がわからなかった。浮気など、昔のお前ならまだしも……。監督生さんはそんなことしないだろう。

「だって、なんか小エビちゃん、いつもと違ったから」
「気のせいじゃないですか? お前と監督生さんはとても仲が良いじゃないですか」
「でも、オレの勘ってよく当たるし」
「お前は監督生さんのこと、信じてないんですか?」
「信じてるよ! オレもオレの勘が外れればいーなって思う。
 でもそうじゃなかったらやだから、オレの勘が外れたのを確かめに行くだけ。
 小エビちゃん見ても、声かけたりして一緒に遊んだりしねぇから。ねぇいいでしょ? アズール〜、お願い」
「却下」
「なんでぇ?! オレの話聞いてた?!」
「逆になんで今の話で僕が許すと思ったんですか。理解に苦しみますよ。
 ……そんなに心配などしなくとも、監督生さんはお前を好きですよ。お前を裏切ることなんてするはずがありません。だから大人しく……って、フロイド! 何をしている!!」

 フロイドは僕の話も聞かずにすたすたと歩き出した。何をするのかと思えば、フロイドが足を止めたのはティーカップやソーサーが閉まってある棚の前。フロイドは棚の中から、ティーカップとソーサーを取り出した。まさか。

「フロイド! バカなことはやめなさい!」

 にいっと笑ったフロイドは、相当数のティーカップとソーサーを床に叩きつけて割った。最早怒りを通り越して僕は呆れた。

「困ったねぇ、アズール。午後も営業あんのに。オレが壊しちゃったから、ティーカップ足りなくなっちゃうね?」
「全く! お前には叶いませんよ。
 このティーカップがいくらするか、お前だって知らない訳じゃないでしょう?
 割った食器の代金は、今月のお前の給料からしっかり天引きしますからね」
「は〜い」

 悪びれもしないフロイドは、笑みを貼り付けたまま僕を見ている。一応は、僕から外出の許しが出るのを待っているということか。こんなつもりではなかったのに。困ったことだ。僕は溜息をつきながら、フロイドに言った。

「目当てのティーカップとソーサーを買ったら、すぐに戻ってくるんですよ?」
「わかってるってぇ。
 じゃ、行ってくんね♪」

 フロイドにはそう言い付けたものの、僕はフロイドがすぐに帰ってくることは期待していなかった。フロイド自身もそんなことはしないと一応は宣言していたが、フロイドが監督生さんを見つけたら、監督生さんと一緒にいたい気分になってしまったとか何とか言って、街で二人で買い物でもしてしまうのが関の山だ。ここまでわかっていて行かせるなんて……、存外僕も甘い。

 しかし、僕の予想に反して、フロイド自身が壊したものよりも遥かにセンスのいいティーカップとソーサーのセットを携えて、フロイドはすぐに帰ってきた。思わず僕は面を食らってしまった。

「随分と早いお帰りですね」
「なに? まるでオレが帰ってこないと思ってたみてぇな言い方。アズールが早く帰って来いって言ったんじゃん。はい、カップとソーサー」

 フロイドは、表向きはいつもと変わらないように見えた。あくまで、表向きはだが。

「監督生さんは、街にいたんですか?」
「……いなかった。
 オレの知ってる小エビちゃんは」
「そうですか。それは残念でしたね」
「…うん」

 思わず気になって僕が尋ねれば、フロイドの表情は微かに曇った。それは、ジェイドや僕でなければ見逃してしまう些細な変化だった。
 街で何があったのかは僕が知る由も無い。しかし、いい加減な勤務態度で店に立たれては困るので、僕はフロイドを注意深く見ていた。フロイドは暫くは何をやらかすこともなく、至って真面目に勤務に従事していた。意外とフロイドは大丈夫なのかもしれない、そう僕が安心した矢先のことだった。

「フロイド! お前、何をやっているんですか……!」
「なにって、食材切ろーとしただけだけど」
「よく見なさい! お前が勢いよく包丁を振り下ろそうとした先を。僕が止めなければ、今頃お前の指がなくなっていたかもしれませんよ」
「あは、ほんとだぁ。うっかりしてた〜」

 骨付きの肉を切ろうとしていたフロイドの手をすんでのところで僕が止めていなければ、本当に危なかった。本気で焦る僕をよそに、フロイドは先程自分の指が危うくなくなりかけた事はまるで気にしていなかったが、このままだとフロイドは何をやらかすかわからない。もしかしたら店の損害程度では済まされないかもしれないと予感した僕は、致し方なく一つの決断をした。

「お前、今日はもう帰りなさい」
「え、なんで?」
「さっきから、まるで身が入ってないじゃないですか。危なっかしくてキッチンなんて任せられません。モストロ・ラウンジで流血沙汰は起こして欲しくありませんからね」
「でも店忙しそーじゃん。いーよ、まだいる」

 いつもは隙あらばサボろうとする癖に、こんな時は働くと言い張るフロイド。これは本格的に何かあったな。

「お前が気にしていることは、もしかしたらお前の間違いかもしれませんよ」
「……」
「確認もしないで決めつけるのはどうかと。悩むのは、せめて事実確認をしてからにしてはどうですか」

 フロイドにこんな顔をさせることができるのは、ジェイドか監督生さんぐらいだ。フロイドは監督生さんには会っていないと言った。しかし、街から帰ってきてから明らかにフロイドの様子がおかしくなったことを考えれば、フロイドが街で監督生さんに関わる見たくない何かを目撃してしまった事は容易に予想がついた。それを踏まえて適当に言った慰めの言葉だったが、フロイドには効いたらしい。

「事実確認をしても、まだお前が悩むようなら……、仕方ありません。対価次第で、僕が相談に乗ってあげなくもないですよ」

 フロイドにこんなことを言うのは少し照れ臭さもあり、僕はフロイドの方を見ないようにして言った。しかしいつまでたってもフロイドの反応は無く、おかしいと思うと、もうそこにはフロイドの姿は無かった。……この僕がここまで言ってやったというのに、これだ。全く嫌になりますね。
 しかし苛立ちを感じながらも、おそらくオンボロ寮の監督生さんのもとへと向かったフロイドが、傷ついた顔をしてオクタヴィネルに戻って来ないことを僕は願っていた。あぁ、僕はなんて慈悲深いのでしょうか。

back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -