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Dear My Sweetie1


※ネームレス監督生。
※フロがかなり可愛く仕上がっているため、バブと感じるかもしれません。



「小エビちゃん、 明日なにすんの?」

 モストロ・ラウンジでの勤務終了後、いつものようにオンボロ寮まで送ってもらっていると、フロイド先輩は私の顔を上から覗き込むようにして尋ねた。

 フロイド先輩と付き合い出してからというもの、フロイド先輩の意外な所をいくつか発見しているけれど、これはその内の一つ。フロイド先輩は束縛されることが嫌い。だから、付き合っている相手に対しても、基本的に干渉してこない放任主義だと思っていたけれど、案外そうでもない。フロイド先輩は必ずこうして、会えない休日の私の予定を聞いてくる。自由奔放で気分屋、飽き性なフロイド先輩の性格を知っている私は、こんな些細なことでも、フロイド先輩が私を好きでいてくれている事を実感できて嬉しくなってしまう。

 明日は土曜日で、ナイトレイブンカレッジの授業が無い休日といえど、モストロ・ラウンジはしっかり営業している。そして、フロイド先輩は明日シフトが入っているけど、私はシフトが入っていない。

「街に買い物にいきます!」
「ふ〜ん。カニちゃんとサバちゃんと?」
「いえ、明日は一人で行きます」
「そーなんだ。帰ったら連絡して〜」

 思わず嘘をついてしまった。
 実は、明日の買い物には一人で行く訳では無い。フロイド先輩は勘の鋭いところがあるので、私が嘘をついたことに気付くかもしれないと思った。けれど、ちらりと横を伺い見ても、さっきと変わらずに笑みを浮かべているフロイド先輩は、特に私の言葉を気にしている様子は無かった。
 ふぅ……。どうやら私は、何とかうまくやれたようだ。
 フロイド先輩に嘘をつくことに罪悪感が無い訳では無い。しかし、こうして嘘をつかなければ、せっかくのサプライズが台無しになる可能性がある。だからこれは仕方がない嘘なのだと、私はちくりと刺す胸の痛みを無理やり納得させた。



 毎週金曜日は、フロイド先輩はモストロ・ラウンジを退勤した私をオンボロ寮に送った後、そのまま泊まって行くことが多く、昨日もそうなった。
 私は買い物をするために街に11時半頃には着いていなければならない。フロイド先輩も11時にモストロ・ラウンジにシフトインすることになっているので、起床する時間帯が珍しく被った。
 私もそれなりに毎日忙しいけど、フロイド先輩はアズール先輩の手伝いとかで、私なんかよりよっぽど多忙を極めている。だから、何の予定も入っていなければ午後まで寝てしまう私と、休日もそんなにゆっくりしていられないフロイド先輩が一緒に起きることは結構少ないのだ。

「小エビちゃん、おはよ〜。朝ごはん、できてるよぉ」
「わぁ〜! 嬉しい。ほんとにいつもありがとうございます」

 テーブルに並んだ、フロイド先輩が作った見るからに美味しそうな朝ごはんに、私は目を輝かせた。今日のメニューは、野菜と魚介類がたっぷり入ったスープ、エビとサニーレタスのイタリアンサラダにパンだった。

 フロイド先輩が泊まった時は『オンボロ寮に泊まらせてもらった対価』と称して、いつもこうして朝ごはんを作ってくれる。これが信じられないくらい美味しい。モストロ・ラウンジの廃棄食材を適当に持ち帰って作ったとはとても思えない出来栄えである。天才気質なフロイド先輩は、気分のムラさえ無ければ、本当に色んな事が出来る。特に料理に関しては、プロの料理人になれるくらい素晴らしいセンスがあるってアズール先輩も褒めていたくらいだ。そんなフロイド先輩の朝ごはんを週1回以上食べさせてもらえるなんて、私はなんて贅沢者なんだろう。

 先輩が作った朝ごはんに舌づつみを打った後は、街に出掛けるための身支度を整える。

 私は、この前なけなしのマドルで買ったコットンワンピースに袖を通す。所々細かな刺繍があしらわれている白い生地のそれはとても素敵で、自然と気分が上がり、ついつい顔が綻んでしまう。

 可愛い服を着ている効果なのか、ヴィル先輩がこの前化粧品をくれたことを思い出した私は、鏡台の引き出しの中から、ヴィル先輩御用達の高そうなメイクアップアイテムを取り出した。金色のきらきらしたラメが綺麗なアイシャドウを瞼にさっと塗り、唇に薄いピンクのグロスを載せる。最近は肌荒れしていないから、ベースメイクは日焼け止めだけに留めた。

 簡単なものだったからか、メイクを済ませても、オンボロ寮を出るまでまだ少し時間があった。私は、先にオンボロ寮を出る先輩の見送りにオンボロ寮の玄関まで行く。そんな私に気付いて振り返ったフロイド先輩は、私の姿を認めると、目を丸くしたような気がした。でもそう思ったのは一瞬だった。フロイド先輩はすぐに、いつもの心の中が読めない笑顔に戻っていたからだ。きっとさっきのは、私の勘違いか見間違いだろう。

「……な〜んか、かわいいかっこしてんね?」
「えぇっ、ほんとですか? ありがとうございます! 嬉しい……!」
「デートするときみたいなかっこじゃん。小エビちゃんが一人で買い物行くときはそんなかっこあんましねぇのに、めずらしーね」
「そ、そうですか? 別に普通ですよ! フロイド先輩とデートの時の方が気合い入れてると思います」
「ふ〜〜ん? まぁいっかぁ」

 フロイド先輩は「まぁいっかぁ」と言ったのに、私の着ているワンピースを上から下まで何だか嘗め回すように見ていて、ちょっと恥ずかしかった。フロイド先輩にはとぼけてみたものの、確かに今日は、お洒落に力を入れているという自覚がある。というか、そうしなければならないと思っていた。だって、恥をかかせたり、失礼があってはいけないもの。

「あーあ。なんでオレ今日ラウンジ行かなきゃいけねんだろ。オレも小エビちゃんと一緒に買い物したぁい」
「先輩、服とか買うの好きですもんね〜! また今度行きましょう」
「うん、絶対ね。
 じゃあ、小エビちゃん、いってきまぁす」
「い、いってらっしゃい……!」

 屈んだフロイド先輩が何をするかと思えば、肩を掴まれてキスをされた。唇を押し付けられるだけの子供がするみたいな可愛いキス。唇を離した先輩はニコニコと上機嫌の時に見せる笑顔で、満足そうに玄関の扉を開けて出ていった。

 嫌なわけでは決してない。むしろ、フロイド先輩のこういう突然の思い付きによる行動には度々ときめかせられる。今だって、フロイド先輩が私にキスをしたのは予想外だった。フロイド先輩はリップメイクしたとき、特にグロスを塗った時なんかは、ベタベタするから嫌だとか言って、キスしないのに。なんで今日はグロスに構わずキスなんてしたんだろ。とりあえず……、グロス、塗り直さなきゃ。



 待ち合わせの場所で佇んでいるジェイド先輩は、その良過ぎるスタイルと涼し気な美しい顔立ちで、人で賑わう街の中でも目立っていた。
 私服姿のジェイド先輩は、遠くから見てもとても素敵だ。フロイド先輩はどこか遊び心のある色使いや華やかなデザインの服が似合うけど、ジェイド先輩はシンプルで上品なデザインの服がよく似合うらしい。

 街を行き交う女の人の多くは、さっきからすれ違いざまにジェイド先輩をちらちらと見ていた。フロイド先輩も、こんな風に街に来ると女の人の視線を独り占めしているので、この光景には慣れている。しかし、慣れているとはいえ、私が否応無しに女の人達の反感を買ってしまうのは確かだ。だからやっぱり、ジェイド先輩のもとへ行くのは少し気が引けてしまう。私は一瞬だけ躊躇ったが、意を決してジェイド先輩のもとへと駆け寄った。

「ジェイド先輩! すみません、待たせちゃいましたか?」
「監督生さん。いえ、僕も先程着いたところですから。気にしないでください」
「今日はありがとうございます。私のわがままに付き合ってもらって……」
「いいんですよ。今日、僕も楽しみにしていましたから。
 ではまず、監督生さんの用事から済ませてしまいましょうか」

 周りの女の人たちの視線を痛いほど感じながら、私とジェイド先輩は歩き出した。

 今日、ジェイド先輩に付き合ってもらったのは、他でもない、フロイド先輩のためだった。
 オンボロ寮に泊まると必ず朝ごはんを作ってくれるフロイド先輩に、なにかお礼がしたいと考えた私は、フロイド先輩が好きな靴を贈ろうと考えた。しかし私は、先輩の好みを正しく理解しているか自信がなかった。フロイド先輩はなかなかにハイセンスなのだ。残念なことに、フロイド先輩にも通ずるファッションセンスが私には備わっていない。平々凡々な私のセンスで選んだものを、フロイド先輩がお気に召さない可能性はかなり高いだろう。そこで、フロイド先輩のことなら何でもわかるだろうジェイド先輩を頼ったというわけだ。優しいジェイド先輩は私のお願いを二つ返事で受け入れてくれた。とてもありがたい話である。

「それにしても……」
「なんですか?」

 目的の靴屋さんに向かう途中、急に何か言いたげに、フロイド先輩と色が対称になっているオッドアイで私をじぃっとみてくるジェイド先輩。なんだろう。私……、何かおかしいとこあったかな?

「ふふ、今日の貴女は随分と可愛らしいですねぇ。
 貴女が僕と出かける為にそんな装いをしたとフロイドが知れば……、僕はフロイドに怒られてしまいそうです」
「な、何言ってるんですか! ジェイド先輩。
 フロイド先輩の兄弟であるジェイド先輩に恥をかかせる訳にはいかないので、ちょっとだけおしゃれしただけで……」
「勿論、わかっていますよ。
 しかし、フロイドを驚かせるためとはいえ、フロイドに黙って僕と二人きりで出掛けたことが知れたら、少々面倒なことになるのは確かです。ですから、これは僕達だけの秘密ということで」

 ジェイド先輩は悪戯っぽく人差し指を唇にあてる真似をすると、綺麗に笑った。こういう少しキザに思える仕草も、顔がいい人がやると様になるからいけない。

 ”秘密”とジェイド先輩は言った。
 確かに、フロイド先輩を驚かせるためには、今こうしてジェイド先輩と出掛けていることは隠さねばならない。でも、ジェイド先輩と出掛けることを”秘密”と言われるのは、なんだか違う気がした。私の勝手なイメージではあるけれど、”秘密”って、なんかもっとこう……、それこそ例えは悪いけど、浮気をするとか、悪いことに使う気がする。でも、今こうしてジェイド先輩と出掛けているのは、悪いことではないと思う。私としては、サプライズが成功した後であれば、フロイド先輩にジェイド先輩と出掛けたことがばれても構わないし、別にフロイド先輩も気にしなそうだ。


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