ふぁごっと | ナノ
15
何が朝になったら送ってやる、だ。
『ッ!!!?ぃっ゛た!?』
熟睡していた私は激痛に飛び起きた。体全体に覆い被さるようにこの男は言葉通り落ちてきたのだ。骨とかゴチンってすごい音したけどこの人は寝てる。
『伸二さんッ!!うぇっクッサ…ッ!!!?』
べろんべろんに酔っているのか、おー…とか何かしらむにゃむにゃ喋ってるから少し大人しくしていたけど悪臭と重みに限界を感じて起きろと揺さぶる。
『もぉっこのっ…伸二さんッ…!!起きて下さいよ動けないからっ…!!』
「〜〜……っ、うぷっ…」
『え……えっ!?!?待って待って我慢してどうしよ待って伸二さッ…!!!!』
最悪の兆候回避のためなんとか彼を押し退けてベッドから降り引きずってトイレに放り込む。どうしてこうなるまで飲んじゃうかな。明日だって仕事に行かなきゃならないのに真夜中にオッサンの背中擦(さす)って介抱しなきゃならんとはとんだ厄日だ。
『大丈夫ですか…?』
「あ゛ーーギモちわり゛〜……」
そうだお水。あ、しまったコップがない。ラッキーよく考えればバスルームの中にトイレあるんだからこのシャワーの水をじかに口に注いでやれば即時解決……はやめてフロントに頼むことにしよう。
『?』
スッキリした模様の彼が私が行動するより早く立ち上がった。そしてくにゃんとしなって倒れそうになるものだから結局支えに私も立った。人の体は芯がなくなると自由に崩れて寝そべろうとするから持つのが大変で、っていってるそばから後ろによろけてシャワー浴びる場所の段差に踵が引っ掛かって、あーーーー
――――ジャーーーーーッ!!!!
『…もー最悪っ……』
狭い個室で背中で蛇口を捻る奇跡の仕業と激痛に悶え明日着ていくスーツが水浸しになってしまったことに絶望した。
「俺って策略家…?」
『わ゛!?』
寝ているとばかり思ってた。頭を打ち付けないように最後まで支えたので彼の顔が胸のあたりにあり、もそもそ動いて持ち上がった。降り注ぐ水、眠たそうに伏せられた半目の睫毛が濡れて長く際立つ。これが俗に言う
水も滴るいい男なのか…!?距離近い!とは思ってたけど実際おもむろに迫ってきている。
『やめてくださいって……!!』
「なんでよ…?」
『今は絶対嫌です!!っ、どいてください、ほらっ風邪引いちゃいますよ…!』
私が風邪引くわ。前例のない上機嫌な彼を壁に預けシャワーを止める。髪を絞って掻き上げても水は滴り続ける。早くフロントにコップとバスローブ頼まないと注文数が増える。絞りようがないからびちゃびちゃでいいか。
「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
『っ!?』
透けたYシャツから見えるのは彼がくれたブラ。心臓に悪いから起きてるのか寝てるのかはっきりしてほしいし、透けてましたけど口には出さないでほしい。構ったら負けと思い放置して受話器を取りに行き電話を掛けた。
―――――カチャッ
『もしもし、あの…コップとそれからひゃっ!?!?』
「《はい?》」
『バスローブ二着お願いします…』
「《わかりました》」
――――――コトッ…
『伸二さんッ!!』
「ッ、う〜〜るせぇなァ〜…頭に響くだろォが。お前空気読めないワケ?」
ふらふらのはずなのにどうやってここまできたのだろう?通話中に背中から重りという名の伸二さんがのし掛かってて来た。びっくりしたから叫んだのに理不尽だ。
『(重い重い潰れる潰れるっ…!!)』
壁に手をつけないと自力で立っていられない。酔って全体重をのせてくるくせに胸、腹、腰…撫でる手の動きは悪質極まりない。
――――コンコンッ…
『あっ…』
ドアが開いて男の人が注文品を持って入ってきた。私はホールドから抜けて申し訳ないが彼を置いて受け取りに行く……つもりだったのだが抜けて向かう直前で壁を背にした体が後ろに飛んだ。原因は後ろから伸びてきた伸二さんの腕、絡めとられて背中に衝撃が走る。
支えるものがなくなってずるずると重力に従って落ちた。二人で仲良く、私は伸二さんに後ろから抱きすくめられるようにして床に座る。
そうこうしている間にベッドに荷物を置いて立ち去ろうとする男の人。この体制じゃ恥ずかしくてお礼を言うにも言えない。
彼は出ていってしまった。
「もっと感謝してほしいぜ名前ちゃ〜ん…お前のために結構危ないコトしちゃってんだから…」
『何のことですか…?』
「さぁ…?何のコトでしょー?」
首にチクリ…。話を振っておきながらはぐらかされた。
『早く着替えないと本当に「風邪引いちゃいますよォ〜〜……ハハハ…!」
『……』
「スーツ買ってやるよ」
『…その前に出勤してます』
「まぁ〜〜ったく可愛くないんだからお前は…可愛くなれるように躾てやるよ」
段々冷えてきた。彼が触れている場所だけ温かい。
「甘えてみせろよ…」
呂律が回らない、息遣いも少し、荒い…。私まで彼の酔いが気持ちだけ伝染したようで、すっかりほろ酔い気分だ。
またベッドまで懸命に彼を運んで、バスローブに着替えてようやく至福の安眠が訪れた。
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