ふぁごっと | ナノ
13
残業代は出ないのにこっぴどく扱われて、へとへとになって…いつもなら迷わず近道を使っているところだけど私は伸二さんの言いつけをしっかり守って人通りの多い道を通るようにしていた。大幅に帰る時間が掛かるようになってしまって大変だけどここ最近は平和だ。
ネオン街はガヤガヤと賑やかでうるさい。知らないオッサンの言うことを何を律儀に従ってんだか…あー…早く家に帰りたい……。足を引きずるように客引きを避けて帰路を辿る。
寂しくなりつつある風景、そうしてやっと愛しのボロアパートまで残すは汚れた路地裏一本。
『………』
目を開けている気力もなくなってきて、せめてゴミ袋から散乱したゴミは踏みたくないと首を項垂れゾンビのように歩いた。目前となったあと少しが果てしない、荷物はまるで鉛玉、底無し沼にはまったかのように体は沈みかける。寝ちゃだめだ…独り言をぼつぼつと自分に言い聞かせるが精神でどうにかなりそうでもないこの姿は、頭の片隅で映画のワンシーンを思わせた。
『〜〜…っ、〜…』
薄目の視界に靴が二足、誰かの足だ。
『……〜〜〜』
――――――トンッ
頭の先が壁にぶつかって私は前へ歩めなくなる。
『………?』
「ツイてんな」
『伸じ…さ…?うぇあっ…!?』
すれ違い様、手を掴まれるとクンっと引かれてダイナミックにバランスを崩したのにお構い無しに苦労してここまで来た道を引き返される。
私が苦労してここまで来たのはなんだったのか?
『ちょっ…!と、しんっ…伸二さ、ぁわッ!!!?』
目が覚めてかっとなった私が腕を振り払おうとするのは伸二さんにはお見通しだったようで、ぱっと手を離されて腕は関節が抜けそうな勢いですっぽぬけた。
『いたたたっ…』
「今夜は家に帰らない方がいい」
『は…?』
彼の指で掬われた顎は上向きに、気づいた時には互いの唇が触れ合っていた。申し訳程度に食まれて離れる。動揺して上手く目を見返せない。
「イイ子にしてろよ…?」
久々会っても相変わらずに気まぐれで、照れる間もくれずにどこかに行ってしまいそうになるものだから慌てて彼の袖を掴んで引き留めた。
『なんっ…なっいきなりワケわかりませんってッ…!?』
「わかんねーも何もいった通りだ」
『じ、じゃぁっ…じゃぁですよ……?仮に私が帰ったとしたらどうなるんですか……?』
「さァ…?どーなるんだろうな?」
もうわっけわかんない。この人何が言いたいんだろうと思いながらまた私は従おうとしてる。鵜呑みにし過ぎなのは自覚してる。
『……』
「どっか適当に泊まっとけ。それから今夜だけに限らず暫くはそうした方がいーかもな…」
『……それって私の部屋に誰かいるってことですか?』
「ンまぁそんなカンジよ」
これは文字通り毎日生きるので精一杯の私にはかなり厳しい話だ。一晩ネットカフェに泊まるだけのお金があるかもわからない。福沢の兄貴も一葉の姉貴もいなければ野口の旦那の存在すら危ういのだ、つまりは財布の中身はたぶん小銭だけ。
『けど…いきなり言われても私っ……』
「金がねぇってか?ワリィけど俺も忙しいんでね。自分でどーにかしな」
『……』
「って言〜てぇトコだけどォ…一晩くらいなら泊めてやるよ。今夜は気分がイイ。特別だぜ?」
『あっ…!?』
疎い私は手を掴まれて来た道を彼に引かれて歩く。飲食店やクラブの勧誘にだってかからない。私の知る彼はいつだって優しい。だから会う度に好きになりそうで怖い。
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