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―――明日は休日。
ラクーンシティーに雨が降る。夕方、どんよりとほの暗い灰色の空。
けれども気持ちは清々しいと、強がる名前は、傘の下でそっと泣いていた。
どこにでもある、ありふれた失恋。
きっと部屋に帰れば空しさに襲われるのだろう。
名前の足取りは重かった。
「ワンッ!」
『――ッ!』
驚いて俯きがちの視線が上がる。振り返って、また視線を落とす。
「ワンッ!」
犬だ。名前は屈み、話し掛けてくれた小さき存在の頭を撫でた。…この辺りでは見ない犬種だ。びしょ濡れだって笑っているような顔付き。撫でるほどに尻尾を大きく振ってくれる。
『ありゃ?』
どうにもぎこちない動きをするかと思えば、右前足に大きな傷痕があった。後遺症なのか歩くにも立つにせよ、ひょこひょこと庇っている。
男の子だ。見たところ首輪はない、でも人懐っこい…となれば捨て犬か。
『一緒にお家来る?大歓迎だよー?』
「ワンッ!」
元気よく返事を返されたような気がして、名前は『よし!』と一言気合を入れて立つ。
『おいで!』
呼んでみると横にぴったりとついてきた。
――なんていい子なんだろう…。
可愛いのに凛々しくて。
名前は既に彼の虜。
犬の歩幅に合わせて、二人はゆったり我が家へ向かう。
――――――――――――
――――ガチャン…
『はい。いらっしゃい』
訪問者を丁寧に招き入れたなら、まずは冷えきっているであろう体のためにシャワールームへとご案内。
申し訳ないが今回だけは自分と同じシャンプーを使い、同じ香りに包まれたらなら、早速買ってきた犬用セットでおもてなし。
『(念のため明日は病院連れてってみるか…)』
ごはんも一緒に食べて、買ってきた新しい真っ赤な首輪を付けてみる。
首輪は勿論、あらゆる事に関して慣れているようだった。
利口で、吠えることもなく、怖いくらいに暴れることもない。
寧ろ不馴れなのは名前の方。インターネットで検索三昧。
『おやすみー…』
そんなこんなで就寝時間が訪れ、名前はベッドに眠り、彼には専用のふかふかのベッドが渡した。
『わ!?』
だが直後布団の中にモソモソと塊が入り込んでくる。
言わずもがな彼だ。叱りたいところだが、今日だけはっ…、とモフモフを受け入れる。
そして、名前はふと彼の名前を決めていなかったことに気がついた。
『(なんて名前にしようかなぁ…)』
彼の背を撫でながら微睡む。
そう言えば彼の名前以前に自己紹介がまだだった。
『私の名前は名前だよ…?』
ちらりと、こちらを覗うように彼が動く。
『そうそう…、名前……』
うとうと…うとうと…。深い眠りまでもう少し。
『………』
なのに暗闇に落ちる手前、今日の出来事が…失恋が脳裏を過った。
『……みんなには振ってやったって言ったんだけどね。ほんとは浮気されてフラれちゃった…』
言ったってわかるはずないのに、重い口を開いて一方的に名前は話し掛ける。
相手の逆上と悔しさを思い出すと、名前は唇を噛み締めたくなった。
『これ、君だけに…。内緒ね?』
今夜は癒しの存在が居てくれてよかった。吐露して心も軽くなる。
温もりを名前は引き寄せ抱き締めた。
でも彼は嫌がったりしなかった。
まるで人間みたいに気持ちを察して寄り添ってくれている。
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