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『ピアーズさんっ…』

名前は彼に寄りかけていた体を最後の力を振り絞って自力で支えると、できる限り重たい首を上げ、泣き出しそうな顔で懇願した。

『…お願いっ…抱き締めて、くださいっ……!』

彼女は回らない口を必死に動かした。体力も気力も底をつき、発狂したい自分を抑えた。

――どうかはね退けないで。

すがりたいけど、すがれないジレンマを表すように、伸ばそうとして縮こまる腕に、拳は胸の前で歪な形を作り出す。

『寒くてっ…』

泣いたってどうにもならないのに。相手を困らせるだけなのに。視界が凍るだけなのに、涙が止まらない。


『―――ッ!』

突き飛ばされそうなほどの反動を受けると、名前はピアーズに抱き締められて引き寄せられていた。

胸…直に触れ合う肌…。『抱き締めて』と聞いたピアーズは白衣という壁を取っ払い、さらに奥で熱を持つ肉体へ包むよう彼女を受け入れる。


『(ごめんなさいっ…)』

遠慮して体の密着度を減らそうとする名前をピアーズは押し潰して閉じこめた。

無理に身を収めようとしたせいでボタンが外れ、白衣から飛び出した名前の柔らかく甘い白玉のような肌は、鍛えられた厚い肉体と際どく触れ合う。
こんな時でも放り出された自分の体に名前は動揺したが、ピアーズは微動だにせず嫌悪感も示さない。

『(ごめんなさいっ…)』

名前の二度目の謝罪は声と言うよりも最早息だった。

『』

もう一度謝ろうとしたとき、それを制すようにこめかみに彼の唇が触れる。

「…他に俺にできることはある?」

―――名前の淡い視線、自分に抱いているであろう感情。
ピアーズが気づいていないわけがなかった。

こんなことで彼女の気が休まるのであればいくらでも尽くそう。彼は頬を寄せて、抱いて、名前を本当の恋人のように愛でる。頼むから彼女だけは…名前だけは救ってやってはくれないか…?彼は神にもすがるような思いだった。


『…あと少しだけ…こう、させてもらえませんか……?』

筋肉質で指先沈む弾力ある彼の胸に彼女は顔を寄せて。できることならずっとこのままいたいと…名前の願いはただ1つ。ここはさっきよりももっと強く、近く、彼の温もりも鼓動を感じられる。

その願いにピアーズはただただ大事に名前を抱きしめた。硝子細工を扱うように繊細に…。これまで以上に身を寄せて。


「―――ッ!?」

絶望漂い始めてしんみりとした空気が流れてきたその時、目も眩む大量の光が暗い部屋に射し込んだ。
ピアーズは怯むも反射的に手元の銃を手繰り寄せ、逆光に浮かぶシルエットに向けて銃口を向ける。


「こちらアルファ、目標を発見!」

駆け寄ってくるのは人影。

「ピアーズ!」

現れたのは心からすがった神でもなく、幻覚でもなく、ゾンビでもなく、仲間だった。閉ざされた扉を開けたのは待ち続け、信じ続けたピアーズの仲間だった。


「頼む、彼女を先に…―――」

『……―――』

呆然。次々に極寒の室内に人が入ってくる。ピアーズから引き渡され、名前は防護服に身を包む誰かに抱えられると光の元に運ばれた。
――助かった…?
通路の脇には無数の化け物の死体。
さっき散々追いかけ回された奴らだ。
名前は横抱きされて揺らされて、実感が湧けば湧くほど、世界は白く霞んでいく。

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