Straight To Video | ナノ

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必要最低限の物しかなくても、窓さえあればこの部屋は完璧なスイートルームだ。毎度横になっているベッドといい、いちいち凝った装飾がどこかしらある。現に名前が鼻まで浸かっているお湯の張られたバスタブは最高に快適だった。ただ、気を付けておかないと広すぎて滑り溺れそうになる。これはウェスカーのサイズに合わせて作ったのか、しかし彼が浸かってもまだ少し余裕がありそうだ。部屋自体はコンパクトな作りになっているが、床も壁の一部にも大理石、これは素人でもわかった。
リラックスして出た溜め息はブクブクと泡となって弾ける。
まだまだ、気分はいつまでも浸かっていたい。


――――――ガチャン

『…?ぇ、え!?!?』

ドアが開く音がすれば、自然とそちらを向いてしまう。名前は跳び跳ねて固まった。一糸纏わずのウェスカーが目の前に立っているのだから。
しどろもどろ慌てふためく彼女をよそに、彼はお構いなしに入室しシャワーを浴び始めた。オールバックを手くしで乱して崩して、シャワーを浴びる彼の姿に名前の思考回路は停止、体を小さくしてバスタブに留まる。さっき入ったのを見たから入ったのにどうして。脳内で繰り返される言葉は『どうしよう』。
名前は知らない。ウェスカーを伝い排水口へ吸い込まれていく水は、水彩絵の具を溶いたような薄い赤色。

思考と体は結び付かないもので、しかしながら名前の勝手に動く体は幸いにもいい方向へと動き、この空間から脱出するためバスタブから上がるとドアをぶち破る勢いでバスルームから外へ出た。追われてもいないのに押し付けるようにドアを閉め、バスローブを羽織るとやたら煩い心臓の鼓動と、動揺を鎮めるため水を撒き散らすように部屋をうろうろ忙しなく歩く。

相手は自分の体には興味は点でないだろうし、あくまで存在はペットとしてのポジションでしか見ていないに決まっていると、頭ではわかっている。だが最近男との距離の近さには危機感を覚える。

小さな長き徘徊により、頭と体が冷えて落ち着いた頃、とてつもない異臭が部屋からすることに気がついた。何が原因でこんな臭いが?名前は自分の足元を見て悲鳴を上げた。床には大小血溜まりがウェスカーの足取りの軌跡を示し、また足跡は血に縁取られ、そこを知らずに徘徊していた彼女の足は血に汚れていたのだ。
急に怖くなって名前はベッドに緊急避難、ただ呆然と震えていた。


時間が経ち、

ドアが開く音にも気づかず、

男が歩み寄ってくる音にも気づかず、

ついには背後に立たれていることにも気づかず。

髪を掴まれ引かれ、脳天に刃物を突き立てられたような鋭い視線を向けられて漸く、ウェスカーの存在を背中越しに気づけた。

「今度水浸しのまま部屋を荒らすような事があれば、その時は辛い『お仕置き』は免れんぞ…」

ウェスカーが片手をベッドに着いたことによりマットが僅に片側に沈み、突然耳に感じるのは息遣い、そして耳の形をなぞるように這うのは彼の唇だ。


「…それとも期待していたのかな?」

耳朶を噛まれた名前は、ひゅっと小さく悲鳴のような息を吸った。

「その薄汚い足をもう一度洗ってこい」

『……』

「わかったな?」

『はいっ…!』

いかにも怒りを露にした声色に名前から出た声はかすれていた。

それ以上害は与えられなかったものの、いつもなら離れた後彼は部屋を出ていく流れなのに、彼は部屋に留まった。
ため息も吐けず名前は一人沈む。
ウェスカーは相変わらず、ということは誰かの、何かの血を浴びてきたということになるのか。
名前は叱られる前にまたバスルームへ向かう。

いつも通りに言葉に従い、シャワーで足に付いた血を洗い流した。それから愚痴をこぼしたい気持ちを抑えて洗面台の鏡に向かうと、


『あっ、』

首筋にキスマークを発見した。だからエクセラは髪を退けたんだ。
理由はわからないが顔が熱くて仕方がなくなってしまった名前は、冷水を思いっきり浴びせて何度も顔を洗った。


====All the problems Make me wanna go====



全60ページ

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