Straight To Video | ナノ

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何度掛けても話し中。ジルはきっと二人は部屋に戻っていると思ったが、ドアにはまだ鍵が掛かっていた。談話室に二人は居らず、見掛けたと言う場所を訪れても、熊のような巨体と何故か綺麗にすれ違い。


「お願いクリスっ…電話に出てっ…!」

苛立ちの募るコールは続く。


――――――――――――


『あっ……ぁ…』

闇が迫るように男が足を踏み出せば、考えるより先に名前の足は逃げる。
よろめいた、レオンに一度追われたお陰で転ぶ前にローテーブルの前で止まる。振り返るとドアの前に居たはずのウェスカーが自分に手を伸ばしていた。咄嗟に名前はローテーブルの上に散らされていた紙を掴み目眩ましに投げて撒く。掴まれれば二度と離してはくれないことを手首の痛みと思い出し寝室へ逃げる。後方から空中で裂かれ叩き落とされる紙の音。


ドアを閉め背で押さえる。自分に問う。考えろ。どうやって逃げる。


―――――ドンッ

背後からの一瞬の衝撃に名前はのめり倒れた。レオンの時と違うのは男は時間を与えてくれないということ。

這って進みベッドを掴んで立ち上がる。ついに部屋の隅まで来て逃げ道が絶たれ、振り返るとウェスカーと離れている距離はベッドの幅分。名前を捕まえるために彼は回り込む。
ギリギリまで引き付けて彼女はベッドへ飛び込み反対側へ行こうと上を渡る。


『!、ぁっ…!!』

しかし片足を掴まれた体は一気にウェスカーの元へ引きずられてしまう。


「ほう…この足ではさぞかし歩きにくかっただろうに」

まるでトウシューズを履いているかのような、名前の足の指先は不自然に反って、甲のアーチは平らに潰れかかっていた。

ウェスカーがベッドの上に上がってくる気配を感じて名前は逃れるために暴れたが、仰向けにされると両手首を拘束され、体が深く沈むほどベッドに押し付けられる。


「踵が着かないだろう。それとも気づかなかったか?」

離せと名前は抵抗するが、男は低く嘲笑すると彼女に顔を近づけて言葉を続ける。


「お前に発信器を仕込んでおいたのは正解だったよ」

『……っ!?』

「心臓に埋めてある。お前がどこへ行こうが必ず回収できるように…。諦めの悪そうなその手の目に見覚えがあったのでな。何か仕出かしてくれそうな気はしていたが…」

悲鳴を上げてやろうと息を吸った名前の唇にウェスカーは人差し指を押し当てた。


「おっと…どうか叫ばないでおくれ。誰か駆けつけてみろ、誰も殺さずに来てやった俺の努力が無駄になる」

『……っ』


――――――コトッ…

『!!』

隣の部屋から物音が聞こえた。幸いにもジルの部屋とは反対側。


「気づかれてしまっては大変だ…」

『…私は絶対に戻らないっ…!』

「強気だな。だが、いいのか?ここに長居すれば真っ先に死ぬ羽目になるのはクリスとジルだぞ?」


助けを待つ心を見透かされてしまった以前に、二人の名前が出たことに名前は体をビクつかせた。


「何も知らないクリスは無防備に入室し、俺の手刀に胸を貫かれて呆気なく死ぬ。暫くして様子を見に来たジルも同じくして息絶え、二つの死体ができあがる」


とどめを刺すようにウェスカーは名前の耳に口を寄せて囁く。

「名前…俺もできるだけ厄介事は避けたい。残ってどうする?日々変化しようとする体をどう隠す?いつかお前が二人を殺すのか?わかっていないようだが彼奴らはお前の正体が化け物だと分かれば躊躇なく殺すぞ。たとえ人間の姿であったとしてもな…」

声で体を撫でられる感覚に名前の肌は粟立ち、距離が近ければ圧も強く、微かに掛かる息に身を凍らせた。
男のペースに呑まれぬようにしなければ…、頭でわかっていても、逆らえないもどかしさ。
連れ戻されないためにはどうしたらいいのか、答えは見つからず質問だけが脳内で繰り返される。


「最悪のシナリオを回避するにはどうすればいい…?選ばせてやる。今すぐ俺と来るか、二人の死を見届けてからここを出るか」


―――――ガチャッ!

『っ!?』


全60ページ

All Title By Mindless Self Indulgence
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