25/25 ※現パロです 新入社員として入った会社が気に入らなかった。だからこっそり株をやったりして、資金が貯まったのを確認してから辞表を出した。 会社を立ち上げ、社員を増やして会社を大きくして売上も伸ばして成長させて―――突然、倒れた。 社長である自分が入院・手術で会社を離れる、というのは良くはないだろう。が、自分には有能な右腕―――もとい、左目がいる。会社を空けることに関しては心配はしていなかった。 が。 「手術?」 「ええ。右目が見えない原因がどこにあるんだったか忘れましたが腫瘍らしいんですヨ。それを取ったら見えるようになるかもしれないんですが、結構難しい位置にあるようでして」 「…それは摘出しなければ命に関わるのか?」 「大きくなればいずれにせよ摘出しなければいけなくなるそうデス。それなら今やっても同じかと」 「……」 その左目の反応が冷たいのは気の所為だろうか。仕事モードに入ると殆ど喋らなくなるこの男は、まさか今までの会話を事務連絡として聞いていたのだろうか。それは少し寂しいものがある。 「ねェギルバート君」 「何だ」 「手術、失敗したら私死ぬらしいデス」 さぁどうだ。ここまで来れば流石のギルバートでも――― 「そうか。会社は俺が守る。安心して眠れ」 冷たかった。 「…もうギルバート君なんて知りまセン」 「もし死ぬときはくれぐれも未練が残らないようにな」 「何で死ぬ流れになってんですカ」 「お前がそう言ったんだろ。取り敢えず今は仕事しろよ」 若干涙目である。いつからギルバートはこんなに冷酷になったのか。 「…冷たいですネ」 「ここのところ激務続きで寝ていないんだ。受け答えが面倒にもなる」 からかい過ぎたしっぺ返しだろうか。そういえば今までの一連の会話で一度も目が合っていない。ギルバートの視線はずっと書類に向けられたままだ。 これで死んだら心残りはギルバートということになる。 が、しかし。 どうも意地っ張りなもので自分から折れることを良しとしない。 「…未練タラタラで死んでやりますヨ」 恨みがましく呟き、ブレイクはデスクに向き直った。 手術も無事に終了し、退院することになって現実を思い出す。 「あー…」 結局あのまま入院してしまい、入院中もギルバートは一度も見舞いに来なかった。 親を幼い頃に亡くし、高校から一人暮らしをしていたギルバートを拾ったのは、目の前で彼が車に撥ねられた時だった。それ以来ギルバートはブレイクの家に住んでいる。 「帰りづらい…」 そんなことを言いつつも足はさくさく動く。右目が見えなくなってから、気配でしか感じることのできなかったギルバートをちゃんと視認できるのだ。あの癖のある黒髪も、月の色をした金の目も。 何だかんだ自分は彼のことが好きなんだろう。その好きの形がどんなものかはさておいて。 家まで残り数十メートルのところでふと足が止まった。 考えてみれば今日は平日だ。ギルバートは会社でもともと抱えている庶務に加え社長代理で悪化した激務に明け暮れている頃だろう。 「…馬鹿だ私は…」 心配する必要はなかったじゃないか。心おきなく家に入れる。 なのにどうしてか足は先程の元気をなくし、どちらかというととぼとぼという効果音の似合うやる気のない歩き方になっている。 ここまで自分を振り回せるのも彼だけだなぁ、結論としては気まずくても会いたかったというのが本音ということに気づいたところで家の前に到着。 そういえば鍵を持っていなかった気がする。どうしようか、取り敢えずインターホンを押してみた。 開くはずはないのに何をやっているのだろう。私は何を期待しているのだろう。 ギルバートと一緒にいる所為でネガティブがうつってしまった。 もう一度押す。 「……近くのカフェで帰ってくるまで待ちますかネ」 言うなり、くるりと踵を返した、その時だった。 ガチャリ。ドアの開く音。 「…へ?」 間の抜けた声を出して振り返れば、こちらを向いて固まっている私服のギルバート。 「……ギルバート君?」 何で君ここにいるんですカ?今日平日ですよネ仕事はどうしたんですワーカホリックの君らしくない――― 言いたいことはたくさんあったが全て喉から出てこなかった。 ぽつりと零れた、一言を除いて。 「…何で君泣いてるんですカ」 ブレイクの顔を見て固まること数秒、突然ぼろぼろと涙を零し始めたギルバートに慌てて近寄る。 「どうしたんデス?」 玄関に入り泣き止まないギルバートの顔を見上げる。ただでさえ自分より大きくなったのにプラスして今は段差がある。 それでも見られないようにと俯いて泣く姿が妙に痛々しくて、 愛しくて。 靴を脱いで高さを合わせ、しゃくり上げる肩を抱き寄せた。 「どうしたんデス?」 もう一度優しく問いかける。 嗚咽混じりに何かを伝えようとする声に耳を澄ませた。 「お前、がッ、死ぬ、とか、言うからッ…」 ちゃんと、帰ってきて、安心したんだ。 「ッ…」 入院する前より少し細くなった身体を抱き締める。 軽口のつもりで、心配して欲しくて言った言葉が、彼をこんなに追い詰めていたなんて。 そこで手術の話をした時の、冷たいと思っていたギルバートの一連の行動を思い出した。 馬鹿だ私は。 どうして気づいてやれなかった。目を合わせなかったのは心配していることを悟られないようにするためだったことに。会話が最低限だったのも、そういえば少し声が硬かったのも、自分のことばかり考えていた所為で気づかなかった。 追い詰めるつもりはなかった。 ただ言って欲しかっただけだった。 「お前が死んだら嫌だ」と。 言葉を欲しがった所為で、態度で表してくれていたそのサインを見落とした。 「…ごめんなさい」 それ以外、何も言えない。 「気づかなくて、ごめんなさい」 君がくれていたサインに。 「傷つけてしまって、ごめんなさい」 背中に回ってきた手が、縋るようにシャツを握る。 死んでも離したくないなぁ、と思った時に、この感情が恋なのかと初めて理解した。 IDKW I don't know why you are crying. I don't know what to do. ← |