title A to Z 26/26 「ねぇギル」 何だ、と淹れたてのコーヒーを差し出しながら聞き返したギルバートを、真っ直ぐ翠が射抜いた。 「俺が死ぬとき、お前も一緒に死んでくれる?」 ギルバートはバスカヴィルだから。絶対にオズよりも永く生きる。 それはつまり、いつか必ず別れる日が来るということ。 依存しているのはギルバートだけではない。オズだって、ギルバートに依存しているのだ。 アヴィスに堕ちたときでさえ、戻って来てギルバートが二つ名で名乗っていたときでさえ、オズはずっとギルバートのことを考えていた。無事だろうかと、生きているだろうか、この手で刻んでしまったあの胸の傷は癒えただろうかと。 また、会いたいと。 避けられない別れが来たとき、この泣き虫は絶対沢山泣くに決まっている。その涙を隣で拭ってやれないのは死ぬよりも辛いこと。他の者になんか任せたくない、それは主である自分の務めであり権利だ。 とんだわがままで、あまりに利己的で滑稽な願いとは知っているけれど。 「死ぬときもお前に隣にいて欲しい」 存在を否定されて言いようのない孤独を抱えたときも、嬉しいときも悲しいときもいつだって必ず、ギルバートの姿がそこにはあったから。 酷く歪んだ愛の告白に似ているオズの言葉に軽く金を見開いて、けれど優しい光を宿してギルバートは微笑んだ。 「お前がそう望むなら」 この命、お前に捧げても構わない。 あぁ、いつだってそうやってお前は俺のことばかりだ。 「・・・お前には百日草は似合わないよ」 「確かにな」 「意味分かってる?」 「・・・花言葉、だろ」 分かってるなら良いや。 「そんなのはごめんだ」 「あははッ」 「―――って、言ってたのになぁ」 誰もいないがらんとした部屋。元々物は少なかったけれど、主のいない空白が更に虚無を際立たせる。 ギルバートは死んだ。 オズとアリスを庇って。 バスカヴィルだから普通の傷では死に至らない。相手のチェインが特殊だった。 彼がいつも自室でそうしていたように、ベッドに仰向けになり、目を閉じる。 彼が死んでからもう一ヶ月が過ぎていた。 珍しく体調を崩したギルバートをレインズワースの屋敷に残し、オズとアリス、ブレイクにシャロンの4人で違法契約者の目撃情報があった現場まで足を運び、調査していた。パンドラの契約者が数人犠牲になったという。職員の中でもそれなりに腕の立つ名前が殉職者に上がっていた為、ギルバートは自分も行くと言い張っていたが、オズの「命令」の一言で残らざるを得なくなった。 終始自分の身体を顧みず、心配していたギルバートの予想は的中することになる。 件のチェインが現場に現れ、4人を襲ったのだ。オズとアリスは何とか逃げ、ブレイクがマッドハッターを出したが、契約の負荷で吐血しとても戦える状況ではなくなった。 ビーラビットで応戦していたが敵の攻撃がアリスの体に命中し、アリスが気絶してしまい、エクエスを出したシャロンの言葉に従って、オズは意識のないアリスを抱えて広い路地へ逃げた。だがシャロンの時間稼ぎも虚しく、チェインはオズたちの方へ向かってきた。逃げ道がなく、万事休すといった状態で相手が繰り出した攻撃を―――そこにいるはずのない、ギルバートが受けた。 満身創痍の状態で鴉を召喚し、激戦の末にチェインを滅したが、塵となってチェインが消えて行くそのときには既に、ギルバートは事切れていた。 「・・・違ったんだけどなぁ」 彼は言っていた、オズが望むなら命を捧げても構わないと。 でもそれは。 「俺が死にそうなときじゃなくてさ、俺が死ぬときの話だったんだよ?」 馬鹿だなぁ、もう。 呟いた言葉は虚空に消え、残るのは虚しさと哀しみと、あのとき彼がああせざるを得なくなった状況を作った自分への憎しみ。 それでもきっと彼はオズが自身を憎むことなんか望まないだろう。 そんなの、命と引き換えに守ってくれた彼に申し訳ない。 「・・・でも泣くのくらい、許してくれるよね」 瞼を持ち上げたら、濡れた瞳から雫が一筋目尻を伝った。 Zinnia 亡き友を偲ぶ ← → |