02
「狐々は芸能コースがある高校に行くんだっけ?」

 放課後、校舎脇を校門に向かって歩きながら、マコトは朝のHRで配られた進路希望のプリントのことを思い出していた。
 その時やたらと隣のクラスが騒がしかったが、例の爆豪がいるクラスなので何かしらコマになるようなことがあったのかもしれないなぁと、その程度の認識だった。

「うん。今は読モだけど、ちゃんとしたファッションモデルになりたいんだ」
「そっかーモデルさんか、すごいなぁ……」

 将来を見据えている友達と自分を比べてしまい、うなだれる。スクールバッグの中には白紙のプリントがそのまま入っていて、早く書けよと鞄越しでもその存在を主張している様な気がした。
 警察官か公務員か。もういっそのことヴィランでいいのではと考えるようになってしまうほどに頭の中は絶賛迷走中である。
 その時、視界の上の方を何かがかすめた。
 それが何か確認する前に落下地点にコンクリート水槽があるのを見受け、つい反射的にマコトはクナイで壁に射止めていた。
 腕を振っただけという、予備動作の全くない突然の投擲行動に驚いたのは隣を歩く狐々で、

「え、何? 急に怖いんだけど」
「ごめん、何かつい……」
「つい、でそのナイフみたいなの投げるとかさ、しかも見ないで当てたよね? 忍者ってそんな物騒な個性なの?」
「あはは……」

 よほど驚いたのかキレ気味の狐々に曖昧に笑って誤魔化しながら射止めたものを確かめに行く。
 それは焼け焦げた一冊のノートで、真新しい焦げ臭さが鼻についた。

「何それノート?」
「そうみたい。将来の為の、ヒーロー分析……だってさ」

 クナイを引き抜き、穴の開いてしまったノートを開く。
 そこにはヒーローと思しきイラストと文字がびっちりと書き込まれていた。

「……分析ノートって言うより、オタノートじゃん」

 マコトは狐々の呟きに適当に相槌しながらも、その書かれた内容に密かに感心していた。
 ヒーローのことは詳しくないが、ここに書かれていることのどれもが的確で適切であるように見受けられた。このノートの持ち主は常日頃から考えることが癖になっているのだろうなとの印象を受けた。
 ぱらぱらと流し読みしていると、開き癖がついていたのかとあるページで流れが止まる。
 そこは他のページと違って文字がなくイラストだけ。口の大きい兎のようなそれは――

「そっ、そそそそそそ、それ僕の! ……なんです、けど……」

 いかにも勇気を振り絞った感満載の声のかけ方をされて振り向けば、そこには緑がかった黒い癖毛に大きな目とそばかすが印象的な男子生徒が立っていた。

    ◆

 何でよりにもよってこの二人に拾われてるんだ……!

 緑谷出久は目の前の光景に絶望を感じていた。なぜすぐそばにある鯉の水槽に落ちてくれなかったのかと、己の運のなさを呪った。
 幼馴染であり昔は仲良く遊んでいたはずなのに、なぜか自分を目の敵にするようになった爆豪勝己によって爆破され窓の外に捨てられたノートを回収しに来てみれば、クラスの違う出久でも知っているような学年カースト上位者の少女二人がそのノートを見ていたのである。
 相澤マコトと葛葉狐々。クラスに一人はいるなんてものではない本物の美少女たちで、こういった不慮の事故でもない限りまず関わることがない人種だった。
 狐々は人気ティーン誌の読者モデルをしているのだとクラスの女子が騒いでいるのを小耳に挟んだことがあるし、マコトも狐々に負けず劣らずのルックスとスタイルで高嶺の花過ぎて逆に誰もアプローチしないらしい。

「これ?」
「えっ、あ、う、うん」

 マコトが持つノートを受け取るために出久が近くに行こうとすると、獣の耳と尾が目を引く狐々と目が合った。
 同じくらいの身長のはずなのに、その赤い瞳と白金色の髪が自分を見下す幼馴染とかぶってしまい、自然に足が止まっていた。視線を下に逃がして泳がせる。

「ちょっと狐々睨まないでよ」
「睨んでないし、見てただけだって。……前に言った爆豪に虐められてる無個性ってさ、こいつだよ」

 狐々の言うことに、出久は無意識に手を握りしめていた。
 自分が無個性なのは事実だし隠してる訳でもない。だからといって知らない人に言いふらされるのはあまり気分がいいものではなかった。
 視線を下げていても、マコトに穴が開くほど凝視されているのがわかる。

 ――来世は“個性”が宿ると信じて、屋上からのワンチャンダイブ!!

 幼馴染の顔が過った。
 きっと他の人と同じように、この人も自分を無個性だとバカにして見下すのだろう。出久は次に言われるであろうことを想像して身を強ばらせた。
 それなのに、

「えっ、この世界って無個性だと迫害される感じなの!?」

 耳に届いたのは予想していなかった言葉だった。
 言い回しに少し引っ掛かりを覚えたが、そんなものはすぐに忘れてしまうくらい出久は驚いていた。

「いや、そんなわけないじゃん」
「……何だ、びっくりさせないでよ」
「飛躍し過ぎだって。精々ダセーって皆から虐められるくらいかな」
「それ全っ然良くないよね!?」
「マコトは真に受け過ぎ」
「もう、からかわないでよ!」

 こんな気安いやり取りを見るのはいつ以来だろうか。美少女二人が和気あいあいとしているのを見ていると不思議と心穏やかな気分になってくる。
 君まで笑わないでよ、とマコトに言われて初めて出久は自分も笑っていることに気がついた。


「あの、ごめんね」

 マコトが困ったように眉根を寄せていた。ふいの謝罪に何だろうと出久は首を傾いだ。

「これ落ちてきたときにね、水槽に落ちそうだったから反射的に射止めちゃって、その……穴を開けてしまって……」

 申し訳なさそうに差し出されたノートには確かに穴が開いていた。正確にノートを貫いたであろう刃物の痕を見た瞬間に出久は思考に落ちていた。
 射止めた……? 落下するノートを、彼女が射った? ノート自体の抵抗や風向きもあるのに? 彼女の個性に関係あるのだろうか? 何かを射出、または刺突する個性なのか? いや、投擲なら訓練すれば……そう言えば、彼女の個性って何だろう? 聞いたことがな――

「少年、声に全部出てるから」

 戻ってこいと言うように肩に置かれた手。女子に触れられているという事実と癖が出ていた事に気付くと、出久は恥ずかしさから顔を真っ赤にして後ずさった。

    ◆

 癖っ毛男子にノートを返し、狐々と別れたマコトは帰り道にある商店街の中のドラッグストアに来ていた。
 セルフレジに商品のバーコードを読み取らせながら考えていたのは、さっき会った出久のことだった。
 爆豪程ではないが感じたキャラクターの気配。あまりぱっとしない見た目と持っていたノートからすると、サポートキャラだろうか?
 それにしても、『主人公』は一体どこにいるのか。

「勘が鈍ったかなぁ……」

 溜息をつきながら提示された金額を投入し、出てきたレシートを取ろうとした瞬間、にわかに外が騒がしくなった。
 店の外から聞こえるのは轟くような爆発音と破壊音、それに唸るような叫び声。買い物客たちが恐怖を顔に浮かべて大通りの方へ走り去っていく。
 引きちぎるようにレシートを取り荷物をまとめて時空間に放り込むと、マコトは人の流れに逆らい騒ぎの中心へ走った。

「爆豪……!?」

 辿りついた先には、今にもヘドロに飲み込まれそうな学ラン姿の少年がいた。ベージュ色の髪が飲み込まれては現れ、ヘドロに覆われた手が辺りに爆発を撒き散らした。
 燃え盛る炎が辺りをオレンジ色に染めていた。爆豪は必死に抵抗しているようだが、あの様子だとそれもいつまでもつか分からない。
 そうこうしているうちにヒーローや警察が現着し、野次馬が集まり始めた。

「すげー! 何アイツひょっとして大物ヴィランじゃね?」
「頑張れヒーロー!!」

「ダメだ! これ解決出来んのは今この場にいねえぞ!!」
「あの子には悪いがもう少し耐えてもらおう!」

 どうやらヒーロー達は二の足を踏んで他人任せにすることに決めたらしい。マコトは『主人公』を探して野次馬を見回した。
 なぜ何も現れない? 爆豪のあの存在感なら退場するのは今ではないはずだ。
 抵抗に限界が近いことはここにいるヒーロー達だって分かっているだろうに、解決してくれる誰かをこの期に及んでも待っている。
 もう、自分が行くしかないのか――マコトが踏み出そうとした時だった。
 黒と黄色の何かが、マコトの横から飛び出していった。
 それが人だと分かった瞬間、肌が粟立つ。物語が大きく動く瞬間の、恐怖にも歓喜にも似た感覚が、全身を逆撫でた。
 あれがそうだと勘が叫んだ。今この時がそうだと世界が言った。
 野次馬を抑える警察官やヒーローをすり抜けて、今にもヴィランに乗っ取られそうになっている爆豪の元へ駆けつけようとしているあの後ろ姿こそが、『主人公ヒーロー』なのだと。


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