02
 昼休みのことだ。
 食堂で昼食を終えた面々がチラホラと教室に戻り始めた頃、1-Aにとって聞き慣れた怒声が廊下を通り過ぎていく。
「なぁに無視っとんじゃクソがぁぁぁ!!」
 俺は運悪く食堂を出たところで爆豪と遭遇してしまい、つい逃げてしまった結果マンツーマンの鬼ごっこがスタートしていた。
「あの二人またやってんの?」
「仲良いんだか悪いんだか」
「つーか二人とも足速っ!」
「あれで午後の基礎学ピンピンしてんだぜ? バケモノかよ」
「やだやだ」
 切島達が呑気に顔を覗かせ好き勝手なことを言ってくる。
 遠くで飯田の廊下を走るなとの声が聞こえるが、今足を止めると鬼の形相の爆豪に人生終わらされる気がする。
 ――許せ爆豪……無視したのは謝るが、俺は奴にSMASH!されたくねぇんだ。
 全力で走りながら、先日の緑谷とのやり取りを思い出していた。

     ◆

「――君、かっちゃんに、何したの?」

 どろりとした絡み付くような視線、そこはかとなく漂う陰鬱さ。
 このゾワゾワと背筋が寒くなる感じとか、壊れるか壊れないかのギリギリな表情とか、俺ヤンデレって無理なんだよね。
 顔には出さないが、実は服の中は冷や汗が凄かったりする。
「だから俺は別に何も――」
「そんなはずないよね? 何もしてない訳ないよね? 体育祭の時かまくらの中で二人っきりで何してたの? わざわざ試合中にあんなもの作ってまで隠れなきゃいけないようなことしてたんだよね? 轟君は知らないだろうけど、ああ見えてかっちゃん僕のこと大好きなんだよ? モブじゃなくて僕だけクソナードって言ってくれるし、昔から僕には突っかかってきてくれたし、デクってあだ名つけてくれたのもかっちゃんで――」
 オオゥ……。名物のブツブツを何もこんなところで披露しなくったっていいのに。
 この精神的にマウント取ってこようとする感じとか、人の話聞かない感じとか、ほんと無理なんだって。凄く怖い。泣きたい。
 後ろから刺されるのだけは勘弁なので、自分はどうこうするつもりも、しているつもりもないっていうのを解ってもらう方向で行きたい。
 ここにはいない爆豪を恨めしく思い、何もないところで転んでしまえと念を送っておいた。
「どうして何も言わないの? やっぱり言えないようなことしてたの? 君さ……」
「っ、緑谷! 早まるな、誤解だ」
「何が誤解なの? 轟君、かっちゃん家に行ったよね? 僕だって小さい頃に行ったのが最後なのに、かっちゃんも轟君家に行ったみたいだし……ねぇ、二人で、何してたの?」
 怖い怖い怖い怖い……! 目が「早く言わないと僕何するかわかんないよ?」って言ってる!!
 その場凌ぎで誤解だと言ったが、誤解も六回も何もねぇよ。何も無かったことを説明しろとか悪魔の証明か!
 ……相手はヤンデレだ。ここで逆上するのは悪手、慎重に言葉を選ばないと大変なことになる。
 固唾を呑み、口を開きかけたところで「施錠するから早く帰りなさい」って現れてくれたのは13号先生でした。あなたが神か……! ナイスタイミング。
 下手な事言って相手を刺激するハメになるより、男は黙って逃げるに如かず。
「じゃあな緑谷。お前も遅くならないうちに早く帰れよ」
 競歩並みの早足で歩いて校門出た瞬間にダッシュした。この時決して振り返ってはいけない。
 よし、後でG〇〇gle先生にヤンデレの対処方を聞いてみよう。
 そんなことを思いながら全力で家に帰った。背中に悪寒を、感じながら。

     ◆

「ったく、昼休みに、こんな、走らせんじゃねぇよっ……うどん出る……」
「てめぇが、クソみてぇに、逃げんのが、悪ぃんだろが……! つかそばじゃねぇのかよ!」
 息も絶え絶えにフェンスに寄りかかる。風が頬を撫で、体の熱を逃がそうとシャツを摘んで扇ぐ。
「……俺の死因そばアレルギー」
「……わりぃ」
「冗談に決まってんだろ」
「あ゛? てめぇ、いい加減にしろや……!!」
 さてはて、ことの真偽はともかく。屋上って、最高の舞台装置だと思うんですよね。
 青春って感じがめっちゃする。
「最近俺のこと避けてるだろ」
 チッ、疑問符付いてれば気の所為で押し切れたのに確信を持って言いやがって。
「俺何かしたか?」
 まぁ、爆豪からしたら意味が分からないだろう。今まで鬱陶しいまでに馴れ馴れしくしてきたクラスメイトが、ある日突然自分を忌避し始めるのだ。
 だけど俺だって好きでそんなことをしていたわけじゃない。
 あの日以来、爆豪としゃべっていたりすると緑谷が俺に微笑んでくるのだ。
 それもちょっと照れたような可愛らしい笑みじゃなくて、おどろおどろしいフォントで「ニコ……」と擬音が付きそうな笑みで。
 というか、これって言っていいのか? 「お前の幼馴染がヤンデレだから関わりたくない」とか、俺が言われる方であったら、逆に言ってきた方を疑うね。お前正気? って。
 そもそも、爆豪はヤンデレというものを知っているのだろうか?
 爆豪を見やればこちらを窺うような、ちょっと不安そうな表情を浮かべている。
 あらやだ、この子こんな顔もできるんですよ! って世界中に触れ回りたい――なんて、そんな馬鹿な現実逃避は置いといて、意を決して言ってみることにした。
「お前じゃねぇ、何つーか、緑谷が……」
 ヤンデレなんだ。そう続ける必要もなく、緑谷の名前を出した途端に爆豪が体を硬直させた。
「……てめぇ、何か隠してんだろ」
 視線を外して気まずそうにする爆豪ににじり寄ってフェンスに追い詰め、逃げないように壁ドンならぬフェンスドンをし、笑顔を作る。
「黙秘すんなよ?」
 脅しとばかりに右手で金網を凍らせて砕き、左手でドロッドロに溶かしていく。
 爆豪は観念したようにずるずるとフェンスにもたれながら座り込んだ。
「――轟、お前いつ思い出した?」
 ぽつりと落とすように呟いた。『何を』なんていうのは俺達の間には必要がなかった。
「……個性が出た時だ」
「早ぇな。……俺は、ヘドロん時だった」
「!! 最近じゃねぇか……」
「そうだ。だから俺はそれまでずっと、爆豪勝己だったんだ」
 幼い頃から妙な既視感を覚えてはいたものの、完全に思い出したのは例のヘドロ事件でだったのだという。
 思い出してしまった記憶のせいで今までの自分を省みてしまい、身の振り方や周囲とどう接していけばいいのかが分からなくなり、特に緑谷とは出来るだけ接しないようにした。
 その結果、いつの間にかああなっていたらしい。
「ワンチャンダイブって、アレ正直引くよな?」
 巻き込み事故の腹いせをしてみれば「頼むからやめろ」と爆豪が呻いた。
「漫画通りに行動すれば、出久が元に戻るかもしれねぇと思ったんだ……。なのにお前は火傷の痕ねぇし、タイトル知ってんし、ずっと頭ん中ぐちゃぐちゃだった」
「だからあんな必死に、何かあったらどうすんだって言ってたのか……よく知りもしねぇのに、すまねぇ」
「いや、爆豪やってんのも正直限界来てたから、腹くくれは結構効いた」
 まぁそのまま壊れてくれた方が緑谷には都合が良かったんだろうけど。とは口が裂けても言えない。
「何でそんなに緑谷のこと元に戻してぇんだ」
「少年漫画の主人公がヤンデレとか普通にダメだろ……」
 ……ソーデスネ。
 爆豪の言った至極真っ当な言葉に、上手く飼い慣らせば一生モノのパシリが手に入るのにとか思った自分の心がいかに汚れているか教えられた気がする。

 その後、荒ぶるヤンデレの鎮め方を話し合ってみたが妙案は出ず、
「もうめんどくせぇから一発ヤられてこいよ」
 そんなことを爆豪君に言ったら容赦なく顔面爆破されました。氷でガードしたけど意外と痛い。
 だって怪力のヤンデレとかもう逃げ道ないじゃん。物理的に無理くね?




pixiv使ってみたくて書いたやつです。


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