01
※轟焦凍成り代わり氏:マイルドクズ。
※爆豪勝己成り代わり氏:何かと思い悩みがち。
※話の都合上の捏造や妄想が含まれます。矛盾していても深く考えずに雰囲気で読み飛ばしましょう。
※ご都合主義万歳!




 前世で夢中になって読んでいた漫画の登場人物――轟焦凍として生まれ変わったのだと気が付いたのは、一体いつのことだったか。
 好きだった漫画の世界に生きられる。これ以上最高なことが、この世にあるだろうか?
 あるんだったら懇切丁寧に否定してやるから、ぜひ教えてもらいたいものだ。

     ◆

 楽しい時間というのはあっと言う間に過ぎ去るもので、俺はかの有名な雄英高校に入学することとなった。
 お馴染みの「合理性に欠くね」から「合理的虚偽」まで、朧気に覚えている漫画通りに進んでいく現実に人知れず感激を覚えていた。
 ただ一つ漫画と違うのは、あの爆豪勝己が妙に大人しいことだ。
 態度は悪いし腰パンだし、死ねだの殺すぞだのクソモブだの一応暴言を吐いてはいるが、あの声優の喉に悪そうな怒声は一度たりとも聞いたことがないし、緑谷出久を目の敵にしている様子もない。
 少しの衝撃で大爆発を引き起こすニトログリセリン要素は皆無だった。
 まあ自分も漫画の轟焦凍とは見た目からして違うので、爆豪のことばかり言えないが。
 まず顔に火傷の痕がないし、エンデヴァーのことも別に憎んでない。左の炎もアドバンテージのために滅多に披露しないが、エンデヴァーのしごき(ゲロってからが本番)のお陰である程度使えるようにはなっている。
 そういえば入学初日に爆豪が俺を見て酷く驚いたような表情をしていたのはなぜなのだろう? どこかで会ったことがあっただろうか?
 そんなことをたまに頭の片隅で考えながら順調に学校生活を楽しんでいたある日の朝、ベージュ色に似た金髪の後ろ姿を何となしに眺めていると、ふと思い至ってしまったのだ。

 この爆豪勝己も、自分と『同じ』なんじゃね? と。

 辿りついてしまったその可能性を取り払うことは難しく、一瞬躊躇したが俺は席を立った。
 ホームルーム前だ。みんな好き勝手におしゃべりしているし、俺が話しかけたところで、珍しくはあるがおかしくはないだろう。
 切島達とつるむでもなく爆豪は自分の席で一人、スマホをいじりながらイヤホンで音楽を聴いていた。
 爆豪の前の席のイスに逆向きに座り、背もたれに組んだ腕を乗せる。
 もし自分と『同じ』だった場合、どんな反応が返ってくるのだろう。そんなことを想像していたからか、自然と口角が上がっていたらしい。
 機嫌良さそうな俺に、爆豪は胡散臭いものを見るように怪訝な目を向ける。
 それでも無視するでもなくイヤホンを外してくれるあたり、そこまで捻くれてはいないらしい。
 まずは場を温めようと、意気揚々と口を開いた。
「なあ、お前の汗も珪藻土と混ぜたらダイナマイトになるのか?」
「……知らねえ」
「俺、狭心症の薬ってニトロが心臓で爆発するんだと思ってたけど、普通に考えたらんなわけねぇよな」
「……」
「ニトロって砂糖みたいな味って聞くけど、お前の汗も甘いのか?」
 親しみやすい話題を選んだのに、爆豪の目が段々と例のキツネのように乾いていき、最終的には黙殺された。スマホを操作し、イヤホンを付け始めてしまう。
 ……人の話は最後まで聞こうね? 黒いコードを人差し指で引っ掻き取る。

「なぁ、爆豪勝己。――『僕のヒー〇ーアカデミア』って漫画知ってるか?」

 イヤホンを取り返そうとしていた爆豪の手が止まった。信じられないものを見るように、次第に見開かれる驚愕に染まった赤い瞳。
 爆豪が勢いよく立ち上がったせいでイスが大きな音を立てて倒れ、教室中が何事かと一斉にこちらを向く。
 へらりと笑って何でもないとの意味を込めてひらひら手を振れば、皆自分達のことに戻ってくれた。
 混乱、恐怖、絶望、憤怒、悲痛。時々垣間見えるのは、希望だろうか? 色々なものが綯交ぜになった、複雑かつ物凄い形相で俺を見下ろす。
「っ……お前――」
 叫ぶ一歩手前の、絞り出すような掠れ声を予鈴が遮った。
 残念、タイムオーバーだ。担任の相澤消太が教室に入ってくる。
 席に戻る道すがら、目をやらずとも射殺さんばかりの赤い視線が後頭部に突き刺さっているのがよく分かった。
 そんな俺のことを緑谷がじっと見ていたことに、その時は気が付いていなかった。


 放課後、教室のドアをくぐって廊下に出た瞬間に襲いかかられた。
「……っぶね!」
 熱が鼻先を掠め、至近距離で爆発音を聞く羽目になる。見遣った爆豪は、骨の芯までダークサイドに浸かっていますな表情だった。
 氷を重ねて脱兎のごとく逃げ回りながら、後ろから聞こえる爆発音と氷が破壊されて飛び散る音に、このままじゃあ他の生徒に流れ弾が当たりかねないなぁ、と自分の行いを棚に上げた。
 帰る友達に手でも振っていたのだろう、開いた窓の近くでおしゃべりをしていた女子生徒に、ここにいると危ないぞと声をかけて、窓から外に飛び出した。
 某有名アニメ映画よろしく足元を凍らせて道を作りながら滑り降りる。
 地面に降りたところできゃあと小さく悲鳴が聞こえ、校舎を見上げると魔王みたいな形相の爆豪が窓から飛び降りるところだった。
「クソが、言い逃げしやがって……!!」
 怒り心頭と言った様子で、不規則に規模も様々な爆発を手のひらに起こしている爆豪と相対する。
 そもそも何でこいつこんなに怒ってるんだっけか? そんなことを考えていた時、突然爆豪の手から爆発が消え、俺と爆豪に捕縛武器が巻き付けられる。
 髪を逆立てギッと目を見開いた相澤先生がこちらにやって来ていた。


「――で、喧嘩の原因は何だ?」
 生徒指導室でお説教タイムの始まりです。
 爆豪は軽く目を伏せたままだんまりで、相澤先生はそんな様子を見て俺に矛先を変えたのか、洗いざらい吐けと目で言ってくる。
 そもそも喧嘩をした記憶自体がないのだが……?
「俺は『僕のヒー〇ーアカデミア』って漫画を知ってるか聞いただけです」
 爆豪の肩が小さく跳ねたのが視界の端で見えた。
「知らねぇならそう言やぁいいのに、どういうわけか悪鬼羅刹のごとく怒り狂ってきて……」
 この部屋で反抗的な態度を取るのは合理性に欠けるので、わざとがましく殊勝な顔でのたまってみた。
 相澤先生は疲れたように目頭を押さえて、意味が分からねぇと溜息をつく。
「それで、その漫画が何なんだ」
「爆豪に似てるキャラが出てるんで、知り合いに作者がいるのか聞きたかったんです。まあ、その爆豪に似てるキャラっていうのが汚物を汚水で煮詰めたような性格で――」
「クソを下水で煮込むより酷くなってんじゃねーか!!」
「……何だ、やっぱ知ってんだな」
 何を今更しまったって顔してるんですかね、爆豪君は。


 生徒指導室を出て、角を曲がったところで襟を掴まれて壁に押し付けられる。肺が揺れてちょっと咳が出た。
 性急なのも困りものだ。せめてもう少し離れたところでやらないと、また先生に見つかりかねない。
「てめぇ、どういうつもりだっ……!!」
 何かに縋り付きたいのを堪えるように揺らぐ赤い瞳。だけどその何かを俺は知らない。
「どういうつもりもねぇよ」
 いい加減掴まれてるのも鬱陶しいので足下から氷を突き出すが……流石、才能マン。完全に不意打ちだったのに避けやがりましたよ。
 けど気が回らないのか、そんなことすらどうでもよくなってしまったのか、ふらふらと後退ったまま力が抜けたように尻餅をついていた。
 掴まれてシワになった襟を正して身なりを整えながら、俯く金髪を見やる。
 自分のような脳天気な人間には、こんなときに何を言えば慰めになるのかが分からない。
「……お前、乗っ取っちまったって気にするタイプだったんだな。知らなかったとは言え悪かったな、無理だろうけど忘れてくれよ」
 今度こそ帰ろうと踵を返す。背後から、床を打つ鈍い音がした。
「何なんだよ、お前……!」
 お前こそ何なんだっつーの。そう出かかった言葉を喉の奥に引っ込めて、振り返らずに言った。
「俺は『轟焦凍』だ」
 自分でも驚くほど平坦で抑揚のない、無機質な声だった。

     ◆

 あれ以来爆豪との接触はなく、なんやかんやでほぼ漫画通りに時は進んでいた。
 あたかも義務や強迫観念のように漫画通りに行動する爆豪は、悪人面さえ泣き顔にしか見えず、傍から見ると痛ましいほどに滑稽だった。
 なぁ、そんなことをしてなんの意味があるの? ってすげー聞きたい。聞いた瞬間大爆発なんだろうけど。


 そして皆様お待ちかねの雄英体育祭決勝戦。
 試合が始まったはいいものの、爆豪の動きがぎこちないというか変にセーブしているというか、どうも精彩に欠けているという印象だった。
「ちょっとタンマ」
 珍しく真面目に言えば、何か感じたのか爆豪は動きを止める。
 読唇術対策と音漏れ防止に透明度の低い白っぽい氷のドームで辺りを囲う。
 見えなくなっただの何だのプレゼントマイクが騒ぐのが聞こえる。かまくらって言うな。
「お前手ぇ抜いてるだろ?」
「……てめぇこそ人の事言えんのか、デクにすら左使わなかった癖してよ」
「はぁ? 向こうが100%出してねーのに、何で俺が全力出さなきゃいけねぇんだ」
「っ!! そんな理由で話の流れ変えてんじゃねぇよ! この先何かあったらどうすんだ!!」
 ……わお、開いた口が塞がらないとはこの事か。
 何に怯えているのか、何に縋っているのか、きっと自分なんぞには到底理解できない、世界の深淵を覗くような深い何かがあるのだと思っていたのに、フタを開けてみればただ予定調和の崩壊を怖がっていただけ。
 ふん、と一つ鼻で笑う。
「馬鹿かお前。俺達がここにいる時点で漫画からは逸脱してんだよ。この先何が起こるかなんて、先読みの個性持ちでもない限り分かるわけねぇだろ」
 額に手をやり、これでもかと言うほど深い溜息をつく。
「――なぁ、爆豪。お前何でここにいんの? ヒーローになりたくていんじゃねぇの? ここにいる奴ら皆ヒーローになりたくて本気でやってんだって、知ってるよな? ……惰性でなぞってんなら、夢の中だと思ってんなら、早いとこドロップアウトしてくれよ」
 暗い瞳を揺らし、何か言いたそうに唇が開きかけては、閉ざされる。
「……悲劇のヒーロー気取りかよ。どっちが舐めプだっつーの……クソが」
 歩み寄って胸倉を掴み、赤い瞳と強制的に目を合わせた。
「いい加減、腹くくれよ爆豪。何年経ってると思ってんだ? ここじゃてめぇが爆豪勝己だろっ……!」
 苛立ちに任せて突き放せば一、二歩よろけたまま顔は伏せられ爆豪は動かなくなった。
 ――あぁ、もうこいつは駄目だな。心の中で舌打ちする。
 折角こんな楽しい世界にいるのに宝の持ち腐れをして、どうせなら目一杯楽しめばいいのにぐずぐずと自閉的な思考に溺れて、誰もが羨むフィジカルもポテンシャルもドブに投げ棄てて勝手に雁字搦めになって、ほとほと見下げ果てる。
 せめて一撃で終わらせようと最大出力で氷結しようとしたその時、爆豪がおもむろに左腕を頭上高く上げ氷のドームを吹き飛ばした。
 爆風になぶられ爆音に押され、太陽の光が氷の破片に反射してダイヤモンドダストのように煌めいた。
「お前さ、敵に塩送るような真似しやがって、バカじゃねぇの? ――どうなっても知んねぇかんな!!」
「……言ってろよ、ナメクジヤローが!!」
 不敵に笑う爆豪に、ようやく見れる顔になったじゃねぇか、と口の端が吊りあがった。


 結果として、試合は引き分けに終わった。
 お互いにお互いを吹っ飛ばして場外、ステージも今までが比じゃないほど滅茶苦茶になった。
 俺も爆豪もヒャッハーし過ぎて全身ぼろぼろな上に、試合が立て続けに長引いたせいで尺が迫っているとかいないとかいう大人の事情もあり、「ヒーローには運も必要よ!」とかいう主審ミッドナイトの訳の分からない理論でジャンケンで決着をつけるはめに。
 まぁお察しの通り、俺は爆豪に負けて漫画通り二位になった。
 締りの悪い微妙な雰囲気の中、苦虫を噛み潰したような顔でオールマイトから渋々メダルを受け取る爆豪に、心の中で吹き出してしまった自分は多分悪くない。


 体育祭の興奮が空気の中に微かに残る学内。どちらから言うでもなく、俺と爆豪は屋上に来ていた。
「校舎の屋上が開放されてんのって、やっぱ漫画ならではだよな」
 風に吹かれて顔に乱れかかる髪を押さえながらひとりごちる。
 フェンス越しに見える夕陽に赤く浮かぶ雄英は、分かっていても信じられないほどに広かった。
「お前、何でそんなへらへら平気なツラしてられんだよ」
 爆豪はダークサイドから逃走はしたものの、よほど暇なのかまだごちゃごちゃ考えているようだ。
「俺は考えても無駄なことは考えない主義なんだよ。合理的だろ?」
「てめぇのはただの思考停止だろうが」
「言うねぇ……少し前まで死にたそうな顔してた奴とは思えねぇな」
 肩をすくめてみせればクソがと舌打ちされた。
「なあ、一つ聞いていいか」
「何だよ、改まって」

「――どうして火傷の痕がない」

「……あぁ、それな……」
 本来なら火傷の痕があるべき場所を手で覆った。そこには痣もケロイドも、何も無い。
「話したくねぇならいい」
「いや、話せないほどシリアスな話じゃねぇ。煮え湯を浴びせかけられる前に、母親は出て行ったんだ」
「……は?」
「だから入院もしてないし、今は元気に保険の外交員してるよ」
 一緒に暮らしていた頃より肌の色艶も良くなり、表情が明るくなっていた母親を思い起こす。
 美人って本当に得だよな。「私と契約して生命保険に入ってよ!」ってちょっと微笑めばハローエフェクトで月間契約件数最多賞獲得だ。
 爆豪から漂う気まずそうな沈黙に、泥沼の離婚劇を想像されては困るので補足する。
「勘違いするなよ? 別居中だけど離婚はしてないし、月に何回か食事するくらいには仲悪くねぇから」
 まぁ自分たちを捨てたって、姉には蛇蝎のごとく嫌われてるけどね。
 改善の余地がないわけじゃないし、子供に一生消えない火傷の痕残すより幾分かましだろ。
「それは……よかったな?」
 そう首を傾げて言う爆豪に、苦笑いしか出なかった。

     ◆

 そんなこんなでお互いの家に遊びに行く程度には爆豪と仲良くなったある日の放課後、誰もいない昇降口に佇む緑谷がいた。
「緑谷、どうし――」
「あんなに楽しそうなかっちゃん、久しぶりに見たんだ」
「……ん?」
 脈絡なくいきなり話を始める緑谷。何だ何だ、いきなりどうした? あんまり唐突なことされるとついていけないからやめて欲しい。
「ねぇ、轟君。かっちゃんに何したの……?」
 まって、ほんとに何の話?
 努めて胸中を顔に出さないようにして、目の前の緑谷を観察した。けれども普段通りの、飯田や麗日とわちゃわちゃしている緑谷出久にしか見えない。
「僕が何しても僕のこと見てくれなかったのに、どうしてかっちゃんは、君に懐いたのかな?」
 ……なるほどね。最近よく目が合うなとは思っていたが、あの目の意味は幼馴染を取られたくないとかそんな類の嫉妬的なもので、爆豪が緑谷を目の敵にしなかったから二人の関係性も漫画とは違うのだろう。
 何が「話の流れ変えてんじゃねぇよ 」だ。お前が一番変えてんじゃねぇか。
「あれは別に懐くとか――」
「もう一度言うね」

 ――君、かっちゃんに、何したの?

 黒い影と燃えるような夕日の激しいコントラストの中、 いつもの少し自信なさ気な可愛らしい表情はスッとなりを潜め、底なしの泥のような、ぞっとするほどの仄暗い笑みを貼り付けた緑谷に、思わず息を呑んだ。
 ……これは、おおっとォ……?


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